マッドとエンデは不思議な関係だ。それぞれの属する一族は争っているが、この二人は敵対する関係でありながら定期的に会っていた。それはエンデがマッドのいる黒の一族の森に顔を見せてくれるものだったが、会って特に何かするというわけでもなく、ただ森を歩き時折言葉を交わす程度で、時間も長いものではない。今回も白と黒のお互いの狼を連れただ森を歩く。
「にいさん、あんたたちの森はいつでもほの暗いな、花も全然ない」
リプルの問いにマッドが苦笑する。
「まあな、名の通りの黒い森さ。戦争前はもう少し花も緑も鮮やかだったんだ…。エンデさんやリプルの森は豊かなんだろうな」
半歩後ろに居るエンデへマッドが声と視線を向けると、彼女はこくんと頷いた。女性にしては少しばかり筋ばった手が伸びて大木の幹を慈しむように撫でる。

マッドがいる黒の一族の森は、一族の名前の如く暗く黒い。針葉樹が多く、また戦争の影響で魔術師達が集落の周りに強い結界を張ってから、大地の流れに障っているのだろう、森全体が外界を拒絶するような雰囲気になってしまったのだ。
「もともとじめじめした森だったけど、芽吹きの季節はきれいだったんだ。………あ、そうだ」
近くの樹に手を伸ばし、ごつごつした幹をさする。
「このひとに見せてやりたいんだ、力を貸してくれ」
「?」

「風よーー在りし日の姿をーー」

ざあぁぁぁぁ……っ

大地から空へ吹き抜けるように強い風が過ぎ去った時

「!!!」

見える世界が変わっていた。
針葉樹の枝葉の隙間から煌めく陽の光が大地に差し込み、陽の差す場所には小さな花が多数咲いている穏やかな空気がそこにはあった。
また強い風が吹き抜け、世界が暗い森に戻った。
「これは…?」
「見えた?昔の森の姿!」
エンデの問いかけに、マッドが笑顔で応える。
「この場所は力の流れが良いみたいだ。集落から遠いからかな……。あれが昔の、戦争が始まる前のこの森の姿だ。今よりちょっとはましだったろ?」
「ちょっとだけな。」
リプルからの返事にマッドが苦笑いする。
「俺は昔も今もこの森が好きだ。こうなる前のこの森の事もあんたには知っておいて欲しかったんだ………ん?」
笑顔でエンデに話しかけるマッドの脚に黒い狼が体をすり寄せて見上げる。
「……マッド、もう…」
「ああ、姉さん分かってる。集落に呼ばれてるな。ごめん、もう時間みたいだ。」
「会ってることがばれたのか?」
「いや、それは分からないが、うまくやるよ。エンデさん達こそ、他の黒の一族に見つからないように気を付けてな。」
そう言うとマッドは姉さんと呼ぶ黒い狼と黒く暗い森の奥へと駆けていった。
「エンデ、帰るぞ」
「……」
マッドを見送った後、しばらくエンデはマッドがさすっていた樹ーー在りし日の姿を見せてくれた樹ーーを見上げていた。

※登場するエンデさんとリプルさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクター です。

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