◇ sideタンジェリン

 明日の仕事の事を考えながら、寝る前に煙草をふかしていると、向かいにレモンが座って、笑ってハンドクリーム塗ってやるから手を貸してくれなんていう。普段手の手入れなんてしていない兄弟が取り出したそれを不思議に思ったものの、特に断る理由も無いので左手を差し出す。俺の手がレモンの両手に包まれる。あったかくて、でかくて、すらっとした長い指が俺の手を滑っていく。乾いて硬く感じる自分の手よりレモンの手は柔らかい。様々な銃器や機器を器用に使いこなし、時には殴ったりもする。その手が俺の左手を丁寧に揉んでいる。指一本一本も丁寧に触れられる。手ばかりに気を取られていたので視線を上げるとレモンは笑っていて、その眼差しがあまりに優しいものだから、頬が熱くなるのを感じて、煙草の煙を吐くついでにその眼差しから視線をはがした。

 終わったと声をかけられ、次に右手を差し出す。右手も左手と同じように柔らかな両手に包まれ、揉まれていく。レモンの口から紡がれた言葉が嬉しかった。手の甲へのキスなんて普段しない事されたもんだから、思わず吃驚してでかい声出してしまった。煙草を落としそうになったので、そのまま灰皿に押し付けてしまう。急にそんな優しいキスするなよ。

 仕返ししてやろうと、今度は俺にハンドクリームを塗らせろとは言ったものの、普段他人の手なんて触らない俺は少しの不安を抱きながら無防備に差し出された左手を、レモンがしてくれた様に両手で包む。かけられた揶揄いの言葉は俺の不安そのもので、余計に触れる手の動きが固くなる。こんなにしっかりと他人の手を触るのなんて、相手の指を折って情報を聞き出す時位しか思い出せない。手を握ることも、指を絡めることもあった。でもこんな風にレモンの手を隅々まで触れて確かめるなんてしたことなかった。俺だから無防備に預けられたこの手を傷つけることになったらと思うと、触れる手もおっかなびっくりになる。大の男の手だ、今まで何度もこの手を掴んだし、触れてきた。やわじゃないことはわかってはいる、わかってはいるが、下手をして明日の仕事に響くのもこまる。

 ぎこちない動きのまま、それでもレモンがしてくれた様に手を揉んでやる。加減が分からないから大丈夫かと問うと、何故か頭を抱えたレモンが問題ないと返事をくれる。問題ないならなんで頭を抱えているのか分からないが、今ぐらいの力加減なら良いらしい。右手に交代し、まだまだおぼつかない手付きで、ゆっくりクリームを塗り拡げていく。この手が怒る俺の肩を叩いて静め、垂れた頭をわしゃわしゃと撫で、時に頬を包む。こいつの手だからこそ好きなのだ。この手で身体中触れられた夜の記憶が横切り頬が熱くなった。

 仕返しに指にキスをすると、珍しくレモンががっついてきた。狙ったところもあるが、盛られると嬉しいもので、思わず顔が緩む。……が、レモンのぎらついた目に担ぎ上げられベッドに放られた俺は、明日の仕事の事を考えて悲鳴を上げることになるのだった。

END

 

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