会議の帰り道、ごほごほと咳き込む音にクチナシは早足で数歩前を歩いていたハラに並んで、その顔を覗き込んだ。
「ハラさん風邪ですか?珍しい…」
「なに、心配は無用。風邪ごときでこのハラが会議を休むわけにはいきませぬからな!ははは!」
胸を張って豪快に笑うハラは確かに何時ものハラだが、顔色は優れない気がして、それでも変に心配し過ぎるのも悪いかと、クチナシは困った顔のまま、アーカラ島へ帰るハラを見送った。

ポーの交番に戻る頃には陽もとっぷり落ちていた。
出迎えるニャースたちをひととおり撫でてやり、交番奥のソファーに座る。
手持ちたちをボールから出して、各々寛がせる。
「ハラさん…大丈夫かねぇ…」
クチナシの膝元へきたペルシアンにブラシをかけ始めるが、独り言がこぼれる度にその手が止まっては動き止まっては動きを繰り返す。
「あの人がかかる風邪なんてどんだけ強力なんだか…」
始めは少し不快そうだったペルシアンも、心ここにあらずの主の顔を確認して、他の心配そうな手持ち達にいつものよと目配せすると、ふぅとため息をついてクチナシに身を任せた。
「酷くなってなけりゃいいんだが…」
ちょっと外の空気吸うか、とペルシアンに膝の上からどいてもらって、腰を上げ交番の外に出る。
今夜は雨が上がって、雲間から星が覗いていた。
明日はこの辺りも晴れるだろうか。
「明日、様子を見に行ってーー………家族のだれかがちゃんとついてるだろうから…大丈夫だよ…なぁ…はぁ…」
深く長い息をはいて、吸って、クチナシの顔が何か疑問が浮かんだように不思議そうな顔になる。

「なんで、こんな………」

あの人のことばっか考えてんだよ、俺…

みるみる熱くなる自分の顔に、思わず両手で顔を覆う。
「(相当参ってるな)」

次の日。
電話とにらめっこするクチナシがいた。

<おまけ>

「あ。ハラさん、ちょっとすみませーー」

くしゅんっ

受話器の向こう側から響いた音にハラは固まる。

「すみません。次の会議に関してでしたっけ?」
「……風邪かね?」
「いやいや、ただ鼻がむずむずしただけですよ。」
「なら。よいのだが…」
次の会議の日取りや場所、最近島に変わりないか等話して受話器を置く。受話器を見つめたまま、電話で聞いていた声を思い返す。
「(やはり鼻にかかった声だった…。酷くはないだろうが、風邪か…?もともと生活が不摂生だからなぁ…)」
いつか彼が風邪を心配して電話をくれた時のことを思い出して、ハラの髭に隠れた口許が緩む。
「何か差し入れしてやりますかな」
明日、交番に顔を出すことを決め、今夜は彼が早くよくなるように月に祈ることにしたハラだった。

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