記して形にするのは恐ろしい

夕方、ソファーでうたた寝から意識が浮上すると、しとしとと降る雨の音が、屋根から滴り落ちる水滴の音が途切れている事に気づいた。
上着を脱いで、シャツだけでごろごろする姿は全く持って警察官に見えない。

おもむろにドアをあけ、空を見上げると、相変わらず雲が空を覆っているが、それでも隙間から夜空が見える。

にぁあ

ドアを開けたまま空を見上げて動かぬクチナシの足元にニャースが1匹すり寄ってきた。
抱き上げひとなでし、小さく笑うと室内へ戻り、備え付けられた電話へ足を進める。

ニャースを下ろし、小さく息をはいて大きく吸うと、ある番号をゆっくり押していき、受話器を手に取る。
耳に当てた受話器を握る手は汗ばんで、瞼をおろして強張る体でコール音を聞く姿は、繋がるよう否いっそ繋がらないことを祈っているようだった。

『はい』

向こう側から聞こえたのは、落ち着いた女性の声だった。
クチナシの体から目に見えて力がぬける。

「奥様お久しぶりです。ウラウラ島のクチナシです。ハラさん、今お話しできそうですか?」
『あら?あの人なら小一時間前だったかしら、貴方に会いに行くと出掛けましたよ。もうすぐつく頃かしら?マラサダを持っていってもらっているから、是非食べてね』
「そうなんですか!?わ、わかりました。ハラさんが来たら有り難く頂きます。」

受話器を下ろすと、ばっと交番の外にでて周りを見回す。耳を澄ませると、遠くからドドドドドドと聞きなれた音が近づいてくるのに気付き、ケンタロスにまたがって一直線に迫ってくる姿をみとめる頃には、クチナシの顔がくしゃりと崩れた。

「クチナシ君!急にすまない。」
「ハラさん、どうしたんですか急にーー」
「行きたいところがあってな、付き合ってくれ」

クチナシにケンタロスにまたがったまま走りより、短く言葉を交わすと、そのままクチナシの腕を掴み自身の後ろに捕まらせると、そのままハラはケンタロスを猛発進させた。

着いた先は天文台。

雲は裂け空一杯に降り落ちてくるような星々が煌めいている。

「な、なんなんですか、ハラさん。こんな、ところに俺を連れてきて。」
「ほれ」
混乱しっぱなしのクチナシの問いかけには答えず、マラサダをクチナシに差し出す。
「カントーのタナバタというものの番組を家内と見ておったらどうしても星が見たくなってな。散歩ついでに君を誘ったわけだ。」
「……誘うっていうか、拉致でしたけどね」
「そうかもしれんな。わはは!」
二人肩を並べ、マラサダをもさもさ食べながら夜空を見上げる。

「タナバタって、紙に願い事書くんでしたっけ?それを竹に吊るすとか」
「たしかそのはずだが?クチナシ君は何か願い事があるのかな?」
「いえ、そんな願掛けなんてしたの、ずいぶん前だなぁと思いましてね」
「吊るす笹はないが、何か星空に願掛けしてみるかね?」
「いや。しないです」
「そうか…」
どちらからとも話しかけず、マラサダを頬張りながら、黙って星空を見上げる。

「(今の願いは、俺の願望が叶わないことなんだよ、ハラさん)」

思うだけならと、心に秘めて、並んで夜空を見上げられる事に小さく星に感謝した。

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