こん…こん…
独特の足音をたてながら、
あの男があたしの研究所のドアの前に立つ映像を最後に瞼が上がった。
様々なドリームキャッチャーがところどころに下がる室内を見まわし、
網目の間から辛うじて壁掛け時計の針の位置を確認できた。
こん…こん…
耳を澄ませば夢でも聞いた足音が聞こえる。
いつも通り、約束の時刻の5分前に来たようだ。
足音の主は変わり者の学者仲間、ロジーだ。
宇宙に魅せられ旅を続ける妹…アンがいる。
この兄妹は過去に色々あって距離を置いていたが
どうやら最近はお互いに歩み寄っているようだ。
この兄妹の関係は理解できないし面倒ではあるが、嫌いではない。
別に何がというわけではないのだが、
二人とも世話を焼きたくなるちょっとした脆さがあるのが魅力なのかもしれない。
これは本人たちには内緒。
出会いはいつだったか、
確かアンがまだ学生で、旅にも飛び出していない頃だった。
そしてあたしの目の下の隈がこんなに濃くなかった頃か。
あたしは自分の研究所でいつもの仕事、いつもの悪夢にうなされていて
そこに自分の悪夢を診断してもらう為にわざわざ足を運んだロジーが
あたしの寝ている椅子を義足で小突いて起こした事は今でも覚えている。
なにせあの時は珍しくいい夢が見れそうな兆候があったんだから!!
しかも運の悪い事に、
起きた拍子に椅子がひっくり返ってしたたかに頭をぶつけたことでより記憶にも残った。
めまいから回復してすぐに近くにあった分厚い本を投げつけてやったら器用に避けて
「なにするんだ!」って怒鳴ったからあたしが「こっちのセリフだ!!」と怒鳴り返せば
女に言い返されると思っていなかったのか少し小さくなったのに思わず噴き出したっけ。
何の用だと問えば無言で診断依頼の書類を差し出してきた。
そんな出会いだったねぇ。
「アイヴィー、時間だいくぞ?」
「仕方ないねぇ。付き合ってやらないこともないよ。」
「…アンにやる物を選ぶの手伝ってくれる約束だろう?」
「ああ、そうだった。でもアンはあたしじゃなく、
アンタが選んでくれたものなら何でも良いと思うけど?」
「何でもなんてわからん。」
「ばかだねえぇ。
好きな妹にあげるプレゼントをしかめっ面で探すのが恥ずかしいって
はっきり言いなさいな」
「……アンにやるんだから良いもんをやりたいだろうが」
おや、小さく本音が漏れたね。
「それくらい本人の前でも素直になったらどうなんだい?」
「なんの事だ…。さっさと行くぞ。」
この男は少しずつ自分のとがった角が削れて丸くなっていることに気付いていない。
あたしはその変化を眺め促すのがちょっとした日々の楽しみだ。
【こじれた兄妹が並んで歩く日も近い / アイヴィーとロジー】