優しい兄を失ったのはまだ幼い頃
繋がりが絶たれ傷を負ったのは十代後半
宙へ初めて行ったのもその頃
今でも魅せられている
「兄さん、ただいま。お土産置いておくね」
誰もいない部屋で、ただいまと言いながら
紙袋を兄 ロジーの自宅兼研究所のテーブルに置くと、返事も待たずに研究所を出る。
満月の日にだけ差し込む月明かりの様に静かに訪れ、去っていく。
【一方的な繋がり】
にいさん
このお花きれいでしょ?あげる!
ーーうるさい
兄さん、これ珍しいものみたいなの
私じゃ持て余しちゃうし、受け取ってくれない?
ーー閉じこもる俺への当てつけか!?
ーーいつもいつも俺と外との距離を見せつけて
兄さんっ やめて!!いたいっ!!
ーー俺の顔が歪むのを見て何が楽しいんだ!?
兄さん、私、宇宙物理学者になったの
銀河鉄道に乗ったの、とても素晴らしかった
兄さんが芽吹病に執着する気持ちが少しだけ分かったかも
私はそれが宙なだけ
ーー何年姿を消していたと思ってる!?
ーー今更そんな事を報告しに戻ったのか?
ーー…何故あんな事をした俺に笑いかけられるのか理解ができない
【恐怖】
「あのねぇロジー。
だらしなく見えるかもしれないけど…あたし暇じゃないんだよ?」
「…分かってる」
「その顔、ぜったいに分かってないね!」
「アイヴィー、頼むから怒らないでくれ」
「何度来ようが結果は同じ。
なんなら他のやつに頼んでみなよ。」
「同じなんてそんなことは無い。
間違ってる。」
「ーー…アンタも学者なら、
調べてくれと持ち込まれた案件を全身全霊かけて調べた結果報告して、
間違ってると言われたら心底苛つくだろう?……そういうこと。
さっさと帰れ。さあ帰れ!」
「だが、そんなことは無いんだ!
待ってくれ!」
「面倒な男だね、
何度でも言ってやるが、アンタは妹のアンが心底好きなのさ。
妹としてか女としてかは知らんがね。」
「そんなことは…」
「うるさい!」
「うっ……」
「次アンが帰ってきたらおかえりくらい言ってやんな。
アンタの話に付き合うのは見る悪夢が変わってからだよ、
変わらない内は来るんじゃあない。
さあ、帰れ!あたしは寝る!!」
【悪夢解析学者】
「ただいま――」
「おかえり…」
いつもの様に暗い部屋へ入り、
小さくいつもの言葉を口にした私に小さな兄さんの声が届いた。
部屋の陰に潜む姿はーー幻?
「に、兄さん?どうしたの!?」
「たまたまだ。」
私の問に一歩歩み寄った兄さんは幻ではなく、
目を合わせてはくれないけれど声に棘が無かった。
てっきり消えろ二度と来るな位言われてしまうかと怯えた身体が弛緩する。
差し込む月の薄あかりに照らされ、兄さんが口髭を蓄えている事に気づいた。
随分会ってもいないし、まともに顔も見ていなかったなと実感する。
「そっか、じゃあはい。これお土産。」
「ん。」
口にする言葉とは裏腹におっかなびっくり差し出した小箱を、
兄さんは躊躇わずに受け取ってくれた。
何を話して良いのかわからず、
また騒いだら昔の様になってしまうのではないかと、
どうしていいかわからず別れの言葉しか口にできない。
「……もう行くね」
「分かった」
気まぐれなのか、もしかしたら夢幻かもしれないが
兄さんが私をまっすぐに見据えた。
「アン。」
「……なに?兄さん」
「次は…いつ来るんだ?」
聞き間違い…ではない?
「ーーまた満月の日に。」
「分かった」
何かあふれそうで、うまく笑えない気がして
逃げるように研究所を後にした。
【小さな一歩が2人にとっては大きな一歩】