バンッ

リーグ内に設けられた休息用の部屋で一休みしていたガンピの肩が乱暴に開閉されたドアの音に跳ねる。

いつにも増して険しい顔で部屋へ入ってきたズミの手には、顔とは正反対の可愛らしい紙袋が握られていた。

「(また女性ファンに貰ったものだろうが…)

ズミの女性ファンは多い。
基本、料理とポケモンバトルの事しか頭にないズミに軽くあしらわれようとも、それも魅力の内とその数が減る気配はない。
だが贈られたものを持ってああも険しい顔になるのは今までに見たことがない。
どうしてなのか、ガンピがその姿を追うと、ズミは手に持ったそれを勢いそのまま屑籠へ放り込む。むしろ突っ込むが近い。

「ず、ズミ殿!」
「なんです!?」

気が立っているのだろう、強い声と人を射殺す眼光で振り返られ、息をのむ

「そ、そのだな、頂いたものを粗末には―」
「良いのです。
 彼女からの頂き物に何が入っているか分かったものではないので」
「彼女?何が入ってるかわからないとは…?」

深く息を吐くと、ズミは状況のみこめないガンピに経緯を説明をしてくれた。
詳しく聞けば、今回の贈物の送り主は随分前からズミのファンらしいのだが、
それが最近エスカレートしてきているとのことだった。

「先々月は手作りのお菓子のなかに髪の毛が混ぜ込まれていました。
 先月はチョコレートから異臭がしたので捨てましたが、おそらく血か何かでしょう。
 今回も手作りの品とのこと、受け取りを拒否する事はしませんが、その後どうするかはわたしの自由です。
 ……興味のない方より頂く贈り物など、始末に困るだけです」
「では我からの贈物も迷惑か?」
「いつ、このズミが、貴方のことを、興味ないなどといいましたか!?」
「じょ、冗談である。場を和ませようと…」
「はぁ。……貴方はわたしにとって、かけがえのない存在ですよ。」
「それは…光栄である。」

ガンピの冗談に微かにズミの顔が和らぐ。

「話は変わりますが、ガンピさん、次の休日なのですが…」
「ん?」
「実は恩師に手伝いを頼まれまして。」
「それは是非行って差し上げるべきだろう。
 我はいつもリーグで其方と会えるからな。
 機会は逃すべきではないとおもうぞ?」
「いつも気遣いありがとうございます。
 それでなのですが、ランチの時間は自由なので、短い時間でもよろしければ、
 一緒に食事でもどうですか?」
「本当か?それは嬉しいのである」

―― 休日

待ち合わせをして昼食を済ませた二人は
まだ時間があるというズミの言葉に街を少し散歩していた。

「今日は短い時間付き合ってくださってありがとうございます。」
「我も其方と居たかったのだ。
 今日気遣ってもらったこと、嬉しく思っておるぞ?」
「っ――、ガンピさん」
感極まったズミがガンピをぐいと引き寄せようとすると
二人の間にギルガルドが割って入った。
「おっと、これギルガルド。勝手に出てきてはいかんだろう。
 すまんズミ殿。言って聞かせているのだがなかなか」
「よいのです。」
付き合い始めるにあたり、あまりにもズミの告白に鈍感な事に対し、ズミがキレてガンピを追いかけ回してていたのだが、その際主人の危機を察知したガンピの手持ちと、ズミの手持ちが抗争よろしくいがみ合ったことがあった。
その場はガンピのとりなしで収まり、ズミの告白も成功したのだが――……
どうもガンピの手持ちにズミはまだ嫌われているらしい。
こうやって間に割って入ることもズミの邪魔をすることもしばしばだ。
4体いるとなかなか大変なので、リーグの外で会う時は、ガンピは手持ちを1体にしてくれている。

「手伝う会場は近いのであるか?」
「ええ、あのビルの一階で開催されるイベントなのです。
 作業中お話やもてなしはできませんが、
 外から会場の様子は見ていただけると思いますよ」
「ふむ。所用を済ませたら見にゆこう。」
「ではわたしはそろそろ行かなくては。」

ぎりぎりまで時間を割いてくれたのだろう、ズミが駆け足で先ほど示したビルへ向かってゆく。その姿が人ごみに溶け込んで見えなくなってから、ガンピは方向転換をした。
すると、10歳程の少女が息を切らしてガンピの前に立っている。

「あ、あの、助けてください!」

急な申し出にガンピが驚きつつも、少女と同じ視線の高さまでかがむ。

「わたしのスボミーが…捕まって…助けて!!」
「それはいかん。すぐに案内するのだ」
「こっち!」

少女に連れられた先は、大通りから一本入ったほの暗い路地だった。

「ここに其方のスボミーを攫ったやつがいるのだな。」
「うん……」

「上手く連れて来たわね。よくやったわ」

ガンピが路地の奥へ踏み入れると、影からリザードンを連れた女が出てきた。
その顔は、ズミに一度だけ遠くから示して教えてもらった件のファンと似ている。女の手には傷ついたスボミーが捕まれている。

「約束通り返して上げるわ」

そういうとスボミーを少女へ放り投げた。何とかスボミーを受けとめると、少女はガンピに涙しながらごめんなさいを繰り返した。

「アンタ、ズミと付き合っているんでしょう?
 何でアンタなの、不釣り合いよ、別れなさい!!」
「それは、其方にどうこう言われるものではないであろう?」
「――おっさんの癖に、何様よ!? 黒こげにしてやる!!
 リザードン、かえんほうしゃ!!」
「いかん、ギルガルド!!」

火炎が過ぎ去ったあと、シールドフォルムで少女を守ったギルガルドの目の前で、焼かれたガンピが崩れ落ちた。

「ふんっ。………キャーッ!!助けて!!襲われたの!!」

倒れたガンピに蹴りを入れると、女は大通りの方へ演技の悲鳴を上げながら駆け出していった。

少女がギルガルドと倒れているガンピへ近寄る。長時間火炎にさらされていたわけではないが無事ではない。

「いきしてる!!」

少女がガンピの口元に手をやって、ギルガルドを仰ぐ。

「はやくお医者さんのところにつれて行かなきゃ。
 わたし、どうしたらいい?」

ブレードフォルムへ戻ったギルガルドは何かを思い出し、少女を手でひとなですると大通りの方へ出て行った。

準備会場が騒がしくなったので、手元の作業から視線を上げると、ところどころ焼け焦げたギルガルドが制止しようとするスタッフを押しのけてズミに向かってきていた。近くへ来るとズミの手をつかみどこかへ導き出す。

「貴方は、ガンピさんの…?なぜ怪我を…
 ――早く連れて行ってください!!
 申し訳ないのですが、緊急の用なので失礼します!」

来た時と同じく制止しようとするスタッフへズミが言い放ち、職員たちが道をあけてくれるとギルガルドとズミは走り出した。

ギルガルドに連れてこられた場所はすごい人だかりだった。目的はその人垣の奥にあるようなので、ギルガルドと人垣をかき分けて奥の路地へ進む
人垣を抜けると、路地に倒れる人影と、その隣にいる少女が目に入った。

走り寄ろうとすると横から女がズミに抱き付いてきた。

「ズミさん、あの男が私に乱暴しようとしたんです!!」

涙ながらに訴える女を見て、化粧や服装が違うがあの行き過ぎたファンだとすぐに気付く。前方に目をやるとギルガルドが否定する動きをしているが、彼がそんなことをしないことは、ズミも承知の事だ。

「ちがう!この人がおじさんを襲ったの!!
 あたしも、あたしのスボミーがその人に捕まって、
 無理やり協力させられたんです…。
 こんなことになるなんて、ごめんなさい!!」
「なに適当な事言ってるのよ、いい加減にしなさい、このガキ!
 リザードンっ!!!」
「いい加減にするのは貴女の方ですよ。」
「何を…、っ―――」

静かなズミの声に振り向くと、ズミの手持ちが4体ともに女を睨んでいた。

「わたしは今とても怒っています。
 このまま私のポケモンたちにズタズタにされたいですか?
 ……されたくなければ、
 さっさとそこに到着しているジュンサーに連れていかれてください。
 でないと本当に……!!」

「ひぃぃ!!」

女は顔面蒼白でズミの言う通り到着したジュンサーの元へ逃げて行った。

「ガンピさん!!」

ズミが走り寄ると、少女とギルガルドが場所を譲る。

「あぁ…、……スターミー、
 ゆっくりガンピさんに水をかけて全身の傷を冷やしてください。
 貴女は身体が冷え切ってしまわないように、
 体に触れて気にしていてください。
 ギルガルド、貴方の主は必ず助けますから、もう休んでいいですよ。」

そういうとズミはジュンサーの元へ走って行った。

* * *

「……っ、ぅん……ず、ズミ殿?」
「!!?ーーーおはうようございます。といっても夕方ですが。」

ガンピが目を覚ますと、そこは病院の個室の様だった。

「ここは、病院か?」
「そうですよ。ギルガルドに感謝してください。
 瀕死の状況でわたしを呼びに来てくれたのですから」
「あの女性は!?」
「あの女性は然るべき処罰を。
 貴方が助けた少女は無事両親の元へ帰っています。」
「そう、か……。何分相性があるからな、止めることができなかった。」

自分を襲った相手の行動さえ防げなかったと悔やむガンピの手をズミが両手で包むように握る
「ズミ殿?」
「目を覚まさない貴方が気掛かりで
 他の何にも…料理にすら集中出来なかったのです。」
「………」
「両手を、味覚を…失ったようでした。
 これがわたしにとってどれ程重大な事か貴方ならわかってくれますよね?
 だから…二度と無茶はしないでください。」
「申し訳ない。心配をかけた。」

謝るガンピの言葉に微笑むズミの顔色には疲れが滲んでいる。

「ズミ殿、まさかずっと此処にいてくれたのか?」
「視界に貴方を捉えていないと、居なくなってしまうのではないかと
 怖くてしかたがなかったから…。」
「すまなかった。」
「安心したら眠くなってきましたよ。」

そういうと、ズミが小さく欠伸をもらす。

「少し眠られてはどうだ?我は何処にも行けぬ故」
「そうですね。そうさせて頂きます。」

座っている椅子にかけ直すと、ズミはそのままベッドへ伏せた。
片手はガンピの手を握ったままだ。

「貴方の手持ちのポケモン達はそこにいますから。」

そういってズミは眠りにおちていったようだ。
静かな寝息が聞こえる

ベッド脇のテーブルに手持ちのモンスターボールが置かれている。
かすかに揺れているところを見ると、主が起きたことに気付いているようだ。

「皆、すまなかった。無事ではないが戻った。ゆっくり休むんだぞ。」

静かに声をかければ揺れが収まる。
傍らの青年に改めて視線を移し、申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちとで彼の肩をなでた。

⇒ 二次創作 TOP

→ YELLOW PILLOWS TOP