それは陽が傾き、しかし夕暮れの赤には染まらない頃起きた。

ガソリンの臭いが鼻の奥に刺さる
ごうごうと炎を吹き出し燃える車
燃えたモノの臭いが、なんとも言えない味すら舌に感じさせる

鳴り響くサイレン
野次馬に下がってと言う警察の大きな声
誰かの名前を道路にしがみつくように叫ぶ女
その血だらけの、怪我をしている女を救急車へ誘おうとする救急隊員の落ち着いた声

ごうごうと炎が上がっているにも関わらず、冷える空気、ざわつく空間。

到着した消防車から降り立った男たちが車体からホースを伸ばして消火活動が開始される。

炎が小さくなるにつれて、騒がしさも収まりだし、鼻をつく臭いだけになる頃には小さなざわめきになった。

時間が流れ、今は宵闇。
事故車輌も撤去され、普段の交通が復旧しかなり経つ。
静まり返った今、事故現場の交差点に響く泣き声があった。

少女の声だ。
涙し、鼻をすすり、泣いていた。

歩道から事故現場を向いて立ちうごかない。時折周りを見回すが、また現場を見ては泣いている。

車が目の前をすぎるが、歩道を人が通りすぎるが、誰も少女のほうすら見ない。 泣き声は闇が深まるにつれて静かになる道に響き渡っているが、聞こえていないようだ。
少女そのものが見えていない様だった。

誰に助けを求めるでもすがるでもなく、誰かが来るのを待っているのか、少女の泣き声は響き続ける。

その少女へ近付く人影がひとつ。
少女を通りすぎた会社帰りのサラリーマンがその人物にぶつかりそうになるが、その人物をサラリーマンはすり抜けてしまった。
今起きたことに気づいていないのか、そのままサラリーマンは遠ざかっていった。

少女に近付く人物は奇妙な格好をしていた。

濃い灰色の作業着のつなぎに白衣をはおっている。
色褪せた紺色の髪で、大きな目はヒトでいう黒目が白く、白目が黒かった。
鼻は低く、口は爬虫類を思い起こさせるように大きく、今は真一文字に結ばれている。
見える手や足は四本指で、体つきは細い。折れてしまいそうな印象を受ける。

「どれだけ泣いても、オマエさんが来てほしい人は、迎えに来ちゃくれないよ」

少女に向かい合うように立ち、目を細めて話しかける。少ししゃがれた低めの声に少女が白衣の人物を見上げた。
「まま…きてくれないの?」
「ああ。そうだよ。」
見上げる濡れた瞳に、容赦ない言葉を降らせる。
「やだ、まってる。ぜったいきてくれるもん」
「はぁ、だから子供はーー!?……、オマエさんがあんまり大声で泣くから面倒なのが来ちまったよ…。静かにしてるんだよ?」
少女に話しかけると、その人物は小さく息をはき、白衣を脱いで少女に被せた。その瞬間に白衣が靄のようにほどけ少女を包む。
「わっーー…」
「しっ。静かに、だまって、じっとしているんだよ?」
驚く少女に囁くと後ろを振り返る。

そこには沸騰した水溜まりがあった。

今日は雨など降ってはいない。
だがそこには黒い水溜まりが沸騰しているようにごぽごぽと蠢いていた。
「まタ、オマエか、死神」
ごぽごぽという音に混ざって、がさがさした声が響く。
「アンタも、まだここに縛られてたんだね」
死神と呼ばれた人物は少女を隠すように水溜まりの前で仁王立ちした。
「死神。ココに煩い魂がいタはずだガ…、今抱えていルなら大人しく寄越セ」
「残念だったね。ワシが来たときにはもう他の死神に保護されてたよ」
「………貴様の言うコトは信用できん」
「つれないねぇ。似た者同士だろう?」
「ダカラダ。貴様ノ体に包まれ隠サレては、我々では魂を見つケラレんからな」
「よくわかってんじゃないか。だとしたらどうするんだい?」
「どうもシナい。我が縛られるコノ地域でまた魂がサ迷い泣くノヲ待つ。我にとってヒトの一生は短いからノぉ。勝手に墜チテくるわ」
ちゃぽんと言う音とともに水溜まりはアスファルトに染み込み消えた。

「はあぁぁぁ…」

死神と呼ばれた人物は深く息を吐くと、背後を振り返り、少女を包む靄ごと両手に抱えると空に浮かび上がった。

町の家々が小さくなった頃、靄がほどけ、少女は死神に抱えられる形になった。
ほどけた靄は纏う白衣に戻っていた。

「さっきの、こわかった…」
「ああ、怖い奴だ。おっかない奴だよ。オマエさんワシがいなかったらあいつに食べられてたろうなぁ。間に合って良かったよ」
「…しにがみっておなまえなの?」
「ん?それは仕事みたいなもんだ。ワシは千鳥 霞。送り届けるまでの仲だ、好きに呼ぶといいよ。」
「ちどり、どこにいくの?ままは?」
「…行き先は誰しも最期の後に向かうところさ。さ、お母さんにお別れをしに行こうかね。お母さんもきっと、それでちょっとは落ち着くだろう。」
「ばいばい、なの?」
「うん。そうだよ。」
「おわかれ、しにいく。ままぎゅってする」
「ん、素直でいい子だ。じゃあ行こうかね」
二人は病院のある方向へふわふわと飛んでいった。

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