『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。

登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。

この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。


── アスになった日

路地裏の一角にある診療所。
表の医者に掛かれない人間が訪れる受け皿のような場所だ。ドアには『処置中』の札が下がっている。
「お前は覚えていないだろうが、十年前の今日、ここへ運び込まれて来たんだぞ。」
その診察室には老医師と向かい合う様に座るアル・シャインがいた。彼らの目の前の机にはグラスとアルが持参した酒瓶が置かれており、診察中というわけではない様子だった。
「あの時はまさか冷酷非道の暴れ者が、裏稼業の男には特に警戒している街娼達に運ばれてくるとは思わなかったぞ」
老医師が赤らんだ顔で話しているが、向かい合うアルはグラスを手で揺らすだけで言葉を発しない。
「おい、聞いてるのか?」
「…覚えては、いる。」
不機嫌そうに言い、アルがグラスに入った液体を飲み干した。目は微かに老医師を睨んでいるようにも見える。
「……すまんすまん、いい思い出じゃあないわな」
詫びながらも老医師の笑みは消えず、空になったアルのグラスに酒を注ぐ。
「そういえば、復帰してからは昔の名前を捨てちまってアル・シャインを名乗って仕事してるが、なんでまた昔の義賊の名前なんだ?」
 この街のうわさ話として語り継がれている『アル・シャイン』通称『アス』と呼ばれる人物は、その時代ごとに複数人いることが分かっている。ある時は義賊、ある時は暗殺者、鷲の羽根が目印の凄腕の裏稼業の人間の名前だった。あまりにも昔から語り継がれているので『街の守護者』『鷲の使い』という御伽話もある程だ。その名前にあやかって仕事をする者もいるが、実力が伴わず名乗ることができなくなるのが常だった。
現在、この場にいるアルを除いて。
「名を引き継いだだけだ」
アルの返答にグラスに口を付けようとした老医師の動きが止まる。
「──引き継いだって、どうして……まさか殺したのか?」
グラスを机に置き、改まったように老医師がアルに向き直る。
「私をこうしたのはあいつだ」
「あのアスが?」
 アルの言葉に老医者の表情が曇るが、アルは老医師と目を合わせず続ける。
「病んでいた様子だったが、義賊だったころの…正気のあいつを私は知らないから、あれが正気か狂気の沙汰かなど分からん」
「悪魔に憑かれて姿をくらましたと噂で聞いてはいたが、病を患っていたとは。……そんな目にあって、何故通り名を引き継いだ?」
「気まぐれだ。意思も仕事も引継ぐ気は無い」
「ほう……」
『継ぐ気がない』とアルが言葉にするという事は、『継いで欲しい』と言われたのだろう。
老医師は手元のグラスに視線を落として十年前の事を思い出していた。街娼に担ぎ込まれる血だらけの若者。顔を確認すれば大きな傷があるが街の誰もが避ける冷酷非道で名の知れた奴だとわかった。身体を確認すると四肢に何かを巻き付けて拘束し、何度も締め付けて肉に食い込ませてつけられた傷。性器は完全に切除されていた。顔の傷を改めて確認すると、右目の下から顎まで切り裂かれていた。食事は与えられていたのかそれ程やせ細ってはいないが、何度も腕や顔の傷をなぞる様に切り裂かれているのかすべての傷に血が滲み続けていた。顔を確認してすぐに厄介事はごめんだと他をあたるように言った医師へ、街娼の『助けてあげて』という懇願がなければ今この状況もなかった。
傷の処置を行い何とか命はとりとめたが、その後もすんなり回復するような状況ではなく、かなり長い間 傷つけられすり減り傷つきひび割れた精神を癒すのは時間しかなかった。
若者が生きることを選んで逃げ出した。人を選ぶ街娼が助けてやってくれと頼んだ。あの頃の医師には人に手を差し伸べられるだけの余裕があった。なにもかも偶然が重なったのだ。
自分自身が今目の前の男を心配する様になる等、あの頃の老医師は思いもしなかった。
老医師の見守るような視線を受け、アルは苦虫を噛み潰したように顔をしかめて深いため息をつく。
「私はただ」
「日向で寝られればいいって?」
「ああ。もう疲れたからな」
「お前の歳で疲れたとか言うな、馬鹿もんが」
「五月蝿い」
アルの言葉に老医師が笑って酒を飲みほすと、アルが空いた老医師のグラスに酒を注ぐ。
「俺の所には来ないに越したことはないが、偶には顔をみせろ」
「考えておく」
自分のグラスの酒を飲み干すと、アルは診療所を後にした。


End.

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