『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。
登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。
この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。
── 染み出した闇を追いやって柔らかな夢へ沈む
アルが珍しく受けた昼間の護衛の依頼は、過去に何度か依頼を受けたことのある街の高級街娼の一人からだった。
「知ってる? 今日はハグの日なのよ。いつも良くしてもらってるアスにはあたしのハグをプレゼントしてあげる」
「やめろ。今夜の仕事に支障がでる」
身体に触れようとする女をひと睨みで固まらせる。
「…な、何よ、あたしに触れるのにいくら要ると思ってるの?」
「お前が着けている匂いがうつるとこの後入っている仕事が出来ない。それはちゃんと然るべきものを差し出す奴にしてやれ」
「……それもそうね。これからたんと稼いでくるわ。ありがと」
「依頼は片道だけか?」
「ええ、帰りは考えておく。ありがとう、アル・シャイン。今夜の仕事上手くいくといいわね」
手入れされた赤毛をかき上げにっこりと笑うと女は富豪の館の門をくぐっていった。
「ふわふわちゃん、一人でお留守番? アスを待ってるの?」
果物屋の店の陰でマントとフードを纏い、まるで布の塊のようになって木箱に座っているレーヴに、買い物に来た街娼が話しかける。布の下からちらりと街娼の顔を確認すると。レーヴはこくっと頷いた。
「おや、ネスカ、今日はお前が買出し当番かい」
「そうなの。そういえば今日はなんだか街がにぎやかね」
「なんかね、ハグの日らしいよ? わたしも常連のおっさん爺さん何人かに抱きしめられたさ」
「そっか、だから男女二人連れが多いのかしら。そうだ、私もお世話になってるおばさんをぎゅっとする!」
「はははっ いい歳して。これからも気を付けて仕事するんだよ」
笑う二人の背後で急にレーヴが立ち上がった。二人がレーヴの視線の先を見やると、人ごみの向こう側に馴染みのヘッドギアとアッシュグレイの髪が見える。
「アス。もどったのかい」
人の波をすり抜けるようにアルが果物屋に近づくと、レーヴがアルに歩み寄るが3歩ほど手前で立ち止まる。
「触れられてはいないが、やはり…匂うか。先に帰るか?」
「ちょっとだから、我慢できる」
「そうか」
レーヴの言葉に小さく口元をほころばせた後、アルが街娼へ向き直った。
「ネスカ、レディシュはもう戻らない」
「そうか…ハグの日――…やっとアイツの屋敷に呼ばれたのね」
「片道の依頼しか受けなかった。そういう事だろう」
「みんなに伝えなきゃ。アス……レディシュを無事送り届けてくれてありがとう」
悲しそうに微笑む街娼を見送り、ショックを隠せない果物屋の店主から買い物をすませる。すこし街の通りを歩いて他必要なものを買い足してから塒への帰路についた。
「ねぇ、アル。ハグの日って?」
「……気になるのか?」
「ハグってぎゅっとすること?」
「そうだな。大切な人へ感謝と愛情を込めて抱きしめる日…だそうだが、私には縁遠いものだ」
「夢でみるれる…かな。よく眠れる?」
「安らぐものではあるな。今夜は相手が多い。帰ったら仕事までゆっくり眠るといい」
「ん」
夜に請け負っていた仕事は、復讐の手伝いという名目で依頼人を殺したい相手へ引き合わせ殺害させる事だった。料金は全額前払い。依頼人はそのまま警備に捕まって仕事は終わる筈だった。
だが情報屋から得ていた人数よりも警備が多く、依頼は無事終わったが現場から立ち去るアルとレーヴも隠れきれず追われる事になってしまった。
警備から逃げている最中、隣に並んで走っていたはずの相方の姿がない事に気付き、思わず立ち止まって後ろを振り向く。睡魔の限界か、はたまた怪我でもしたか、ふらりと体制を崩すレーヴがいた。月明かりに鈍く光るものが視界の端に入り見やれば、その斜め上の建物から何本か銃身が覗く。狙いはもちろん──
「レーヴ!」
躊躇いはあったが、身体はすべき行動を瞬時に行っていた。
全力で彼に向かって走り、正面から抱きしめるように抱え、そのまま走り出す。元々彼がいた場所へ鉛玉の雨が降り注ぐ音を背後に聞き、血の気が引くのを感じた。
裏路地を全力で走り続けると周りの追手の気配も少なくなり、このままなら何とか逃げられるかと少しだけ走る速度をおとした。
腕の中から小さな声が聞こえる。抱き上げて強張る身体を早く解放してやりたいが、今は安全な場所へ向かうのが先決だ。路地を縫って走続け、追っ手の気配も完全に消えたころ、建物の陰でレーヴを解放した。その顔には血の汚れがついている。抱える前には付いていなかったはずだが。
「レーヴ、その血はどうした?」
「アルの…だよ」
顔を歪ませるレーヴの言葉に、自分の身体を見ると、胸に2本の血の筋が流れていた。急に抱えたからとっさに刃物で防御したのだろう。血は出ているし少々深いようだが、医者に掛からなければいけないほどではない。何かずんと重くなるような気がした。
「慣れていないのに悪かった」
何故深くもない傷に衝撃をおぼえるのか。
「嫌だったろう…すまない」
分からずそのままレーヴを置いて足は勝手に歩き出す。
「今日はこのまま解散だ」
振り返らず、自分の塒を目指した。
―― あの男に呼ばれるのをまってるの
―― 呼ばれたら、優しく男を抱きしめて刺し殺すの
―― 男は私を抱きしめて絞め殺すの
―― 随分前に二人で決めたことなの
―― あの男は覚えていないかもしれないけれど
―― 素敵でしょう?
脳裏にはもう会えない女が酒場で歌う様に紡いでいた言葉がぐるぐると廻っていた。
塒で傷の簡単な手当てをしていると、窓からレーヴがゆっくり入ってきた。
「アル…」
「今日は自分の塒で寝た方がいい。まだ匂いも残っているだろう。うまく眠れないぞ」
なんとなくまっすぐレーヴを見ることができず、手元の道具を見るふりをする。
「傷…ごめん…」
「気にするな。私が自分でしたことだ。お前が悪い事は何もない」
「…今日もここで夢を見たい」
「見れないかもしれないぞ?」
「だいじょうぶ」
「随分な自信だな」
アルが微かに笑うと、レーヴは安心したようにベッドへ座り込んだ。だがそのままベッドへ身体を預けることはせず、アルを見つめている。
「眠らないのか?」
「んー…。アルを待ってる」
「今日はまだ匂いが……」
「だいじょうぶ。だから、眠ろう?」
なんという事のない彼の言葉になぜかすっと体が軽くなった。手当もすんだので、そのままベッドへ歩み寄り、レーヴが移動して空けてくれた空間に潜り込んだ。
End.