『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。
登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。
この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。
── 聖夜の天使と悪魔
「………」
酒場のカウンターでグラスの底に残った液体を揺らすアル・シャインの視線はカウンターに置かれたある物に向いていた。それは可愛らしい小さなツリーの置物だったが、向けられるアルの視線は敵を睨みつけているように鋭い。
ヘッドギアを付けず、身体に密着した全身黒い冬仕様の服装をしているため、普段ヘッドギアの影になっている眉間に刻まれた深いしわもよく見える。酒場の店主がアルの不機嫌そうな顔に笑って、アルのグラスに酒を注いだ。
「…そういえば、アスは聖夜が嫌いだったな。娘の手作りなんだ。ずっと置くわけじゃあないから許してくれ」
「許すついでに頼みがある。あの女が来ても、私は街を出ていると伝えろ」
「――そうだったな。今年も逃げ切れるといいな!」
『聖夜』と呼ぶ日がある。この日が近づいてくると街がその日を迎えるべく準備をし、浮足だち、街が赤と緑にそまる。
アルにとっては憂鬱な季節だ。無信教者であるアルには関心のない行事ではあるものの、この国の殆どの地域が同じ宗教を信仰をしているので祝日もそれに倣ったものが多い。特に『聖夜』と呼ばれるものは聖人の誕生した日とされており、その日の朝枕元に天の使者から祝福の贈物が届いたことから、特に子供へプレゼントを同様に送る習慣があった。慣習としては家族で祝うものとして根付き、気付けば別の宗教のモミの木の飾りつけや、プレゼントを配る赤い服の男の話なども取り込んで大きなイベントとなっている。
仕事が早朝に終わり、血の匂いを洗い流すために一度塒へ寄ってから街へ買い物に出ると、いつもの様に隣をフード付きのマントをまとったレーヴがついてきていた。いつもであればその日に食べる少しの食糧を買って塒へ戻るのだが、今日は買う量が多い。
「アル、今日いっぱい買物する」
背中に大きく重そうな袋を背負ったアルを見上げ、不思議そうにレーヴが問う。
「今日から七日間、仕事はしない。外にも出ない」
「俺、居ない方がいい?」
「居て良い。だが……変な客が来るかもしれん。その時は留守番してもらうかもしれんな…」
アルの言葉にレーヴが疑問の表情で見上げるが、アルは他に気を取られているのかそのまま話し続ける。
「おそらく嗅ぎつけられていないと思うが…なにせ向こうは街に好かれている。今年も隠れていられるといいんだが…」
いつも立ち寄る果物屋で今日は二籠分の林檎を袋に入れてもらい、それをレーヴが受け取る。
「アス、今年も逃げ切れるといいね!」
「居場所を聞かれたら街を出ていると伝えてくれ」
「考えておくわ」
こんなやり取りをそれぞれの店主とかわしながら塒へ向かう。最後は大家とも同じやり取りをして、やっと部屋のドアをくぐったアル は疲れ顔だ。
テーブルに背負ってきた袋を下ろし、暖炉に火を入れ、ポットをコンロにかけて茶の準備をしながら、湯が沸くまでの時間に袋の中の食品を出しては棚にしまっていく。
「へんな客って?」
低い棚に缶詰をしまう為かがんでいたアルの隣で、同じくしまわれる予定の缶詰をもって待っているレーヴがしゃがんで話しかける。道すがらアルが話していたことが気になるようだ。
「この季節にしか来ない客でな…、本来縁のないはずの客だ」
「ふぅん…」
「去年はなんとか逃げ切ったから今年もなんとかなるだろう」
最後の缶詰を棚にしまい終えると、話は終わりとアルが立ち上がり、沸騰してことこと蓋を揺らすポットへ向かった。それからは茶を飲んで一息つき、いつもの様に陽の差すベッドで睡眠をとる。
陽が沈んで目を覚ますとランプの灯をともし、暖炉に火を入れ、また湯を沸かし茶を入れ、棚の奥から古びた本を引っ張り出してきてソファで静かに読書をする。
寝起きの余韻か仕事がないと分かっているからなのか、ベッドでごろごろして起きてこないレーヴにアルが声を掛けた。
「レーヴ、好きにしていていいぞ」
「んー。ちょっと散歩してくる」
「わかった」
そう言うとベッドから起き上がり、身支度をしてレーヴが窓から出ていく。そして朝方、街をぐるっとゆっくり散歩してきたというレーヴを窓から招き入れ、暖かい茶を入れたカップを渡し、食事をして、陽がすこし高くなったころにまたベッドで眠る。
そんな日々を過ごしながら、塒に籠って四日が経った日の夜
コンコン
「あたしだよ、アス開けておくれ」
大家の声にドアに向かったアルが、ドアノブに手をかける前に固まる。
「アル?」
ベッドに座ったままどうしたのかと問いかけるレーヴにアルが振り返った。
「今年は逃げ切れなかったらしい。変な客が来るが気にせずそのままにしていていい」
「……わかった」
深いため息をついてドアを開くと、そこには笑顔の修道女とばつの悪そうな顔をした大家が居た。
「どうも、アス。久しぶり」
「用はない、帰れ」
ドアを閉めようとしたアルに修道女はずいっと歩み寄る。
「立ち話もなんだし、入れてくださいな?」
「……入れ…」
大家をひと睨みすると、アルは修道女を部屋の中に招き入れた。勝手知ったる風に修道女はそのままソファに腰を下ろす。ベッドのレーヴには気付いたようだが、気にせずアルを笑顔のまま見上げる。
「わたしが来た理由は、もちろんわかっているんでしょ?」
「シスター、毎度言っているが、私が請ける仕事ではない」
「今年もお願い」
ソファの前で立ったまま睨み見下ろすアルの視線は鋭い。だが見上げる修道女の表情は微笑んだままだ。
「去年、貴方を見つけられなくって、仕方なく別の方にお願いしたら子供たちに見つかって捕まっちゃうし…それはもう残念な人だったのよ。子供たちもいままでと違うって残念がってたから、お願い」
「断るといったら? 受けなければいけない理由が私にあるとでも?」
アルの言葉に笑みを深くして、シスターがソファから立ち上がる。
「貴方の本当の名前を言いふらしたら…どうなるのかしら?」
「お前、それは…!」
「ほんとうの…名前?」
アルが動揺を見せたとき、レーヴが反応して声をだした。シスターがゆっくりレーヴへ視線を向け、まじまじと彼を眺める。
「あら……傷だらけの天使ね。こんにちわ。……まさか囲ってるわけじゃないでしょうね」
「仕事の相方だ。殺されたいのか?」
「そんなこと、冗談というか、ただの確認よ」
小さく咳払いをして、シスターが改めてアルを見上げる。
「それで、もちろん請けてくれるわよね」
「――わかった」
負けたという風にアルがシスターから視線をそらし、ドアへの道を開ける
「では、聖夜前日の深夜に教会へきてくださいね。待っているわ」
来た時と同じく笑顔のまま、シスターはアル・シャインの部屋を出て行った。
ため息をついて、アルがぐったりとソファに座り込む。気遣ってか、レーヴが隣の空いたスペースにベッドから移動してきた。
「仕事って?」
「聖夜前日の夜、孤児院に忍び込んで子供たちにプレゼントを配るだけの仕事だ」
「そう…。それと、……本当の名前って?」
アルの目が見開かれる。ぎりぎりと油の切れた機械の様にゆっくりとレーヴの方を向き、目を合わせる。
「…し……死んだ人間の名だ。気になるか?」
「………んー…アルはアルだから…いい」
「そうか、すまんな」
絞り出すように問うと、しばし考えを巡らせた後、レーヴが引きさがってくれたことにアルは申し訳なさと共に安堵の息を吐いた。
当日は朝から雪がはらはらと降り続き、街全体が白くなっていた。約束の時刻に教会へ行くとシスターが笑顔でアルを奥の部屋へ招き入れた。
「あら、相方の子は?」
「姿を見せるのを好まん。それに巻き込むな。仕事は私だけで行う」
「そう、せっかくあの子の衣装も用意したのに…」
「……また着なきゃいかんのか?」
「そうよ、これも仕事のうちだからね。はいこれ」
そう言って笑顔のシスターから手渡されたのは赤と白のコートだった。胸に白いふわふわとした飾りが縦に2つ付いている。一緒にやわらかいもこもことした素材の長いマフラーも受け取った。
「これが今年配る子たちのリストとプレゼントね。」
着替え終わるとシスターから数枚の紙と大きな袋を手渡された。紙には孤児院の見取り図とそれぞれの部屋に居る子供の名前。そして配るプレゼントの指定もあった。もちろん袋の中身はプレゼントだ。
「あと、これ、あの子に着て貰って」
レーヴ用にと手渡されたのはフード付きの白いマントだった。よく見ると背中の部分に小さな羽根の飾りがついている。
「シスター…」
「いいでしょう。ふふ、貴方も似合ってるわよ?」
「終わったら戻ってくる」
そう言ってアルが裏口から教会を出ると、どこからともなくレーヴが歩み寄ってきた。
「……アル?」
「そうだ」
「それ、おひげみたい」
「そんなところだ」
肩をすくめ、レーヴにシスターから手渡されたマントを手渡す。
「お前にだそうだ。嫌だったら着なくていいぞ。……行ってくる」
手渡されたマントを広げて羽根を眺めるレーヴを置いて、アルは孤児院の方向へ走り出した。
孤児院は明かりも消え、静まり返っている。
白い外壁は積もった雪でより白さをましていた。夕方まで降っていた雪は止み、空は雲一つない星空。少しばかり欠けた月が爛々と照らしている。
こんな明るい日には仕事は避けたいところだが、孤児院側にはシスターから口利きがされており、施設の従業員には見つかろうとも何とかなる。…それでも生業にしている職業上、見つかることが許されることではない。
「ここからだな…」
屋根を伝い、持ち込んだ器具で窓の鍵を開ける。シスターに着るよう渡された赤と白の服の所為でいつもより窓を大きめに開かなければいけない。静かに部屋に滑り込み、枕元やベッド、壁につるされた様々な靴下にそれぞれ指定されたプレゼントを入れていく。
最後の部屋となり廊下から静かにドアを開き、中に入り込む。ここは孤児院の中でも幼少の子供たちがいる部屋の一つだ。おもちゃ箱や読み書きをするための机がいくつか、ベッドは二段ベッドで計八床。それぞれからちいさな寝息が聞こえる。この部屋は壁に名前入りの靴下が全員分等間隔でつるされていた。
今までの部屋と同じく、それぞれの靴下にシスターが用意したプレゼントを間違えずに入れていく。
どすん
はっとして音のした方向に目を向けると毛布の塊がベッドからこぼれおちていた。空っぽのベッドと、毛布の隙間から覗く小さな手をみるに寝相が悪く毛布ごと子供が転がり落ちた様だ。動きださない事を確認し、まずは残りのプレゼントをすべて靴下へ納める。
子供はちょうどこの部屋を出ていく予定にしていた窓の前に転がり落ちていた。かるい小さな体を壊さぬよう、起こさぬように抱き上げ、ベッドへ戻し毛布をかけ直す。
小さく寝息を立てる子供はふわふわとした柔らかい髪をしており、アルに外で待っているだろう相方を思い出させた。
「サンタ…さん?」
どうやら起きてしまったようだ。目をこすり起き上がろうとする子供の胸を少し押してもう一度寝かせる。
「静かに…。私を見たことは内緒だ、いいな?」
「うん」
人差し指をたてて口元へ持っていき、言い聞かせるように子供へ話しかけると、子供も同じようにして「ひみつだね?」と嬉しそうに頷いた。
「さあ、眠るんだ」
そう言葉をかけると、子供は素直に瞼を閉じ静かな寝息をたてはじめた。しばらく待って再び起きない事を確認し、静かに窓から孤児院を出た。建物の陰で着ていた衣装を脱ぎ、空になったプレゼントを入れてきていた袋の中に放り込む。
孤児院の裏側へ回ると、そこにはシスターが待っていた。
「終わったぞ」
「ありがとう、朝には子供たちの喜びの悲鳴が聞こえるはずよ。あと、はいこれ。」
シスターが差し出したのは報酬の入った袋と箱だった。
箱は両手に乗る程度の大きさで、受け取ってみると思っていたよりも重い。
「何だ?」
「パイよ。林檎の。天使ちゃんによろしくね。来年もお願いすると思うから」
アルから衣装の入った袋を受け取ってシスターが笑う。
「良い聖夜を」
シスターの言葉には何も返さず、アルは孤児院の屋上へ向かっていった。
おそらく屋上にいるだろうと孤児院の屋根の上を覗くと、レーヴが煙突の上に立って空を眺めていた。晴れた星空に少し欠けた、まだまだ明るい月の光が屋根に積もった雪をまぶしく照らしている。そこにはシスターから渡された白い羽根付きローブをまとった淡く光るレーヴが居た。
「……精霊は現れ賜えり…」
「おわった?」
感嘆の息とともに零れた言葉は相手には届いていなかったようだ。雪に足跡がつくのを楽しむようにふわふわとマントをなびかせてレーヴが近づいてきた。
「ああ終わった。帰るか」
「それ…。いいにおい」
「林檎のパイだそうだ。帰ったら食べてみるか?」
「ん」
今、二人で並んでいるところをシスターに見られたら「まるで天使と悪魔ね」なんて言われるだろうと考え、アルがまた眉間のしわを深くした。
「どうかした?」
「なんでもない。帰るぞ」
「上、通って帰りたい」
「雪か?滑るぞ。まあ、たまにはいいか…」
翌日、屋根の上を歩く白い天使と黒い影の話が街で噂になる事を、この二人は知らない。
End.