『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。
登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。
この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。
── 影を闇を切り裂いて
不機嫌を眉間のしわや目付きではっきりと示せば大概の輩は恐怖で後退りしそのまま消えてくれるのだが、この女だけは口元の笑みはそのままに一歩私に歩み寄る。
「アス、お願いがあるの」
聖夜前にこの女に見つからないために、聖夜の七日ほど前から隠れるのが例年である。しかし今年はネスカに街娼達の護衛を頼み込まれ断れず、塒を変えることもできないまま聖夜前日になっていた。その前日の日没後に、この時期一番会いたくない相手に塒を訪ねられれば不機嫌になるのも致し方がない。先程レーヴが散歩に出かけた事が幸いだ。白い息をはく女…シスターをため息と共に塒へ招き入れる。
「あの仕事は、今年はやらんぞ」
「あの仕事は大丈夫。他の人にもう頼んであるから…」
いつもより明るさに欠けるシスターの手には袋が握られていた。
「先払い。斡旋屋さんにお願いしたら断られちゃって」
それを小さなテーブルの上に置く。
「ある男の行動によっては…殺してほしいの」
言葉の意味を理解するのに数秒
「…シスターがそんな事私に頼んで良いのか?」
「よく有ることよ。これはわたしの役割。たまたま相手が悪くて貴方に直接頼みに来ただけ。いつもは斡旋屋に匿名で依頼してるから」
黒い冬の仕事着に着替え、夜の街の裏路地を屋根の上を走る。
『どうも引き取られた子が虐待を受けているらしいの』
目的地は隣町の町長の屋敷だった。拠点としている街に比べれば小さいが、それなりの大きさの町の町長が相手では…シスターからの頼みでも断りたくなる斡旋屋の気持ちは理解できる。私だって避けたい相手だ。敵は増やしたくない。
『夜中にベッドに潜り込んできて──…』
街と町の間にある農耕地を駆け抜け、目的の町へ滑り込む。町長の屋敷は町の中央だ。周りの家々よりふた回りほど大きな目的の建物の屋根に上る。屋根裏が子供の部屋だとシスターは言っていた。
『確かな情報を得たからこんな事になっているのだけど、見に行ってもらって、何もないなら良いの』
屋根の上を足音に気を付けて移動する。
『でも、本当ならその時はお願い。そんな目に遭わせる為に見送った訳じゃないから』
屋根裏に忍び込めそうな窓を見つけ、鍵がかかっていないことを確認して静かに部屋へ入り込む。本来部屋として使う場所ではないのだろう、子供には問題ないがアルには低い天井に、蜥蜴のように身を低くし部屋を見回す。小さくふくらんだシーツを抱える小さなベッドに、おもちゃや本がしまわれている箱、衣類の重ねられた棚。
子供のものではないだろう衣類のはみ出したクローゼットを見つけ、アルは体を滑り込ませた。
子供のベッドは入ってきた窓に近く、暗さに慣れた目には寝息で上下するシーツまで確認できる。これで陽が上るまで何もなければそれで良し。何か有れば…と持ってきたダガーナイフを確認する。何事もなくこの部屋を後にできることを願っていたが、階下から物音が聞こえ、アルは眉間にしわを寄せた。
階下の部屋のドアがゆっくり開く音がし、おさえきれていない足音が屋根裏へ繋がる階段を上がって近づいてくる。
ガチャ…
屋根裏部屋のドアが開き、のっそりと影が入ってきた。それはまっすぐに子供の眠るベッドへ向かう。
子供の息がひきつる音、荒くなる息づかい
影が小さなベッドに被さると軋んで悲鳴をあげる
押さえ込む度に抵抗してばたつくシーツ
シスターが掴んだ情報は、本当だったようだ。クローゼットから滑るように出ると、そのままベッドへ覆い被さっている影へ振り上げたナイフを突き立てると同時に、空いた手で相手の口を塞ぐ。そのまま後ろへ引き倒し、相手は背中に刃を突き立てられたまま床に仰向けに転がされた。倒れた衝撃と本人の体重で背中の刃がより深く身体に食い込んでいく。苦痛の声が上がるが口をふさいだままなので声が漏れることはない。とどめにアルが相手の鳩尾に片膝と体重を勢いよく乗せると、刺された男の背中が床にたどり着いていた。柄の太くない得物を使ったため、ナイフは男の身体にしっかりとえぐり込んでいったようだった。首元に指をあて相手が絶命したことを確認してからゆっくり周囲に注意を向ける。他の部屋から人が駆けつけてくるような物音がない事を確認して、アルは静かに息を吐いた。
まだベッドで唖然としている子供へ視線をやると、今目の前で起きた事になのか、はたまたアルの見た目のせいか、その体がビクッとはねる。
「落ち着け、シスターの使いだ。お前を連れ帰るよう言われてきた」
シスターの単語に安心したのか、子供の両目からぽろぽろと涙が溢れこぼれ落ちる。
「かえれるの?」
「ああ」
「ここに、もう、いなくていいの?」
「そうだ」
しゃくりあげる小さな体がより縮こまるのをみて、アルがベッドへ近づき身を屈めると涙で濡れた大きな瞳と目が合った。
「ほんとうに?」
「シスターが嘘を言うとでも?」
「いわない」
「そうだな。…時間がない、この袋に入るだけ持っていける。手放したくないものを入れろ」
「わかった!」
死体をかなり大回りに避けながらあっちへこっちへと移動して子供はアルが手渡した袋に人形や服、絵本を入れていく。
「終わったか?」
死体を見下ろし、立ち止まった子供にアルが話しかける。
「なんでうごかなくなったの?」
「それはシスターに聞くといい。行けるな?」
「うん」
問いかけに頷く子供をシーツでくるみ、抱え上げると子供がアルの顔を目をぱちぱちさせながら眺めている。
「……そのめ…きず…、あのときのさんたさん?」
「かもしれないな。道のりは長い、寝ていろ」
ここにいない相方を思い出すふわふわのくせ毛をなで、眠るよう促すと子供はうとうとし始めた。
「この子供は返してもらうぞ? 助けもせず黙って見ていたということは止めないのだろう?」
小さく呟いた言葉に反応するように、屋根裏部屋のドアが開き、女が入ってきた。
「あのシスターが任せてと言っていた理由がわかったわ」
「あんたが…」
「あたしには助けられなかった」
「そうだな」
窓枠に足をかけてそのまま屋敷を後にする。
荷物が増えている分街に戻るのに時間がかかり、教会につく頃には東の空が明るくなりだしていた。教会のドアを叩くとすぐに開き、寝ずに待っていたのだろう疲労が見えるシスターに眠る子供を受け渡す。
「……ありがとう」
「二度とこんな仕事はしない」
「そうね。あ、あとお迎えが来てると思うわ」
迎えの言葉に急ぎ足で立ち去ったアルを、シスターはいつもの笑顔で見送った。
教会の屋根の上に彼は居た。
朝日をあびて、フードから覗く彼の髪が煌めく。
「おかえり」
「ああ……た、ただいま」
「帰る?買い物する?」
「屋根の上を…」
「ん」
二人は塒へ戻るべく、教会の屋根から隣の家の屋根へ飛び降りた。
End.