『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。
登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。
この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。
──Aquila
「トナカイの使いだ」
花屋や洋菓子店が並ぶ通りの裏路地で、勝手口のドアを数回ノックしてからアルが合言葉を口にすると静かにドアが開いた。
「アス! 今年も請けてくれたのかい? 斡旋屋からはあんたに会えなかったって泣きが入ってたから…今年はどうなる事かと不安だったんだよ」
出てきた中年の女性は重そうに、しかし丁寧に、何かがいっぱいに詰まった袋をアルに手渡す。ずっしりと重い袋を受け取り、アルはそれを担いですぐ背を向けて歩き出した
「あんたの事だ、おチビちゃんたちに見つかるなんてことはないだろうけど、しっかりやっておくれよ!」
アルに向けた女性の元気な声が裏路地に響いた。
袋を担いで歩くアルの表情は険しい。
そもそもここ近年連続で請け負う事になってしまっているこの『聖夜前日の夜中に孤児院の子供たちにプレゼントを配る』仕事に関しては状況が複雑なため眉間のしわも深くなりがちだ……が、なにせ今年は請け負う事になった経緯が経緯なため心中穏やかではない。
遡る事四日前の夕刻――…
アルの努力も空しく、今年も塒の玄関でシスターと対面していた。
「シスター…、何度も言っているが、この仕事は夜の生業の人間に頼むものではない」
「昼の側の人間に、これを依頼通りこなせる人間もいないと思うけど?」
「それは私には関係ない事だろう…」
「お願い。斡旋屋から聞いた去年と同じ額だせるから! あの子も貴方に会いたがってるし…」
『あの子』という言葉に一瞬アルの目が開かれる。恐らく一昨年に関わったあの子供の事だろう。
「お前のような立場の者であれば私のような者は遠ざけるべきだ」
「アル・シャインは違う」
「……シスター」
「貴方はその名を継いでいるのよ?」
「シスター!」
アルの大きな声にシスターがはっとする。
「……仕方ないわね…」
シスターの目が室内に設置されたソファに膝を抱えて座り込むレーヴに向けられる。
フード付きコートで身体を包み、フードをすっぽり被りうつむく彼の表情は見えず、髪飾り付きの三つ編みの髪の房が見えるだけだ。
アルの身体とドアの隙間を抜けて、シスターがレーヴに近づく。
「アスの相方の貴方なら実力も充分…貴方に依頼したら請けてくれるかし――」
バシッ
何かがぶつかる音がし、シスターの顔にふわりと風がきた。
彼女には何が起こったのか分からなかった。
「馬鹿者が…」
数歩先のソファにいた布の塊は姿を消している。目の前には怒気を纏ったアルがおり、その右腕がシスターの顔…首の近くに伸ばされている。
「夢、きれいな…ぅめみれそ…ぅ…」
アルの右手が掴んでいるのは、アルの足元にあるフード付きコートの塊から伸びる細い手だ。その手からは鋭い得物が彼女の首を狙っている。フードの下で小首を傾げてにんまりと笑いながら、隈の濃い目元を歪ませる。
「っ……」
その濁った光のない瞳にシスターが息をのむ。
「命拾いしたな…」
「わ、悪かったわ。…ありがとう…」
今にも腰が抜けそうなシスターを一瞥してアルがコートの塊に一言二言かけると、レーヴはふらふら歩いて元いたソファに座り込んだ。
「私の相方はこの街の者ではない」
相方が座り込んで動かない──恐らく睡魔に負けた──事を確認してから、アルはシスターに向き直った。その表情は怒り呆れ疲れ諸々を含み、眉間のしわもいっそう深いものだ。
「私のように縛られていないと言うことを聞いていないのか?」
「それは…知らなかったわ。変わった子で凄腕だってこと位」
シスターの言葉を聞いてアルがため息をつく。
「だって、貴方のとても珍しい相方だもの。長く続いているのもあって変に安全だと思い込んでたのね…」
「私を含めて安全な人間はいない。殺さない方が安全だから手を出さないだけだ…。狭間に居すぎたお前はそんなことも分からなくなってきているようだがな。私の昔の名を知っている程度ではその命簡単に消えるぞ?」
アルの言葉にシスターは声にならない笑いを漏らす。その足はがくがく震えている。
「──仕事は請け負う」
「えっ?」
「今年が最後だと良いが…な」
シスターから震える手で差し出された依頼の紙を受け取り、アルが深いため息をつく。
「私に今後も関わるのはかまわん。だが次同じ失敗をした時、私は目を瞑るからな」
「え、ええ」
覚束ない足取りでシスターはアルの塒を後にした。
ゆっくりとシスターの足音が遠ざかって行くのを確認して、アルは大きくため息をついた。ソファへ歩み寄るとすぅすぅと聞こえていた寝息が止まった。
「居ない?」
「ああ、帰った。大丈夫か?」
「ぅん」
返事と共にまた眠りに落ちてゆく相方を抱えると、アルはベッドへゆっくりと運んだ。
聖夜前日の夜、孤児院の裏手でアルは冬の真っ黒な仕事着を纏い昼間に受け取った袋を担いでいた。
「また雪が降りそうだな…」
分厚い雲を一瞥すると、孤児院の屋根に飛び移った。
ここ数年連続で忍び込んでいる孤児院の間取りはすっかり覚えてしまっているため毎年仕事が早く終わるようになっているのだが、今年は子供の数が増えているために時間がかかっていた。
今年はルートを変えて年長の子供たちが眠る部屋を最後に外に出ることにして仕事を進めていると、移動の為に出た廊下の一角で灯がともった。アルが驚いて天井近くの壁へ張り付くと、小さな声が聞こえてきた。
「…ギョロ目のサンタさん?」
小さなランプを持ったふわふわ癖毛の子供が寝間着にブランケットを羽織って廊下を歩く。
一昨年ある屋敷からアルが救出した子供だった。
子供の姿を認め、アルがどうしたものかと考えている間にも小声で闇に問いかけながら子供は廊下をゆっくり進んでいく。怖さもあってか上ずってきている子供の声にアルが小さく息を吐いて静かに廊下に降り立つ。
「この姿では、サンタなどというものではないがな」
自分の手にもつランプの明かりで浮かび上がったアルの姿に子供が息をのみ自分の手で口もとを覆う。思わず叫びそうになるのを堪えた様だ。
「善き子は眠る時間だ」
驚きながらもゆっくり歩み寄ってくる子供に、アルが視線を合わせるために膝をつく。
「ちゃんとお礼が言いたくて…」
「礼ならシスターに言うべきだ」
「シスターが、あなたは僕たちを見守ってくれている、わしの使いだって」
「………そうだな」
子供の言葉にアルの顔が歪む。
「ギョロ目のサンタさん、あの時はほんとにありがとう。また会える?」
「会わない方がいい事もある。それはシスターじゃなく先生に聞くといい」
「先生も会わないほうがいいって言ってた。ぼく今日はわがまま言って起きてたんだ」
癖毛を揺らして照れくさそうに笑う子供にアルの表情が和らぐ。
「それはいけない子だな。さあ、今夜も冷える、早く寝なさい」
アルの言葉に小さく頷くと、子供はアルが先ほど出てきた部屋へ静かにドアを開けて入っていった。
子供との邂逅の後、滞りなく仕事を終えたアルが孤児院を出るころ、街は一面雪景色になっていた。
屋根伝いに塒に帰るといつものフード付きコート姿のレーヴがベッドに座り込んでいる。
「戻った」
「ん」
アルの声に小さく返事をすると、立ち上がって窓を開けて塒に入ろうとするアルの前に立つ。
「どうした?」
「よあけ前、散歩」
「そうか」
レーヴの目的に頷くと、先に部屋へ入って窓からどこうとするアルの前にレーヴが移動して立ちふさがる。
「一緒、いこぅ?」
意図が読めず見つめた相方のいつにも増して澄んだ隻眼にアルが目を見開く。
「……わかった。市場が開いたら買い物に行くが来るか?」
「ん」
東の空に朝日がにじみ出す頃、ぽつぽつと会話をしながら、白い影と黒い影は屋根の上を移動していった。
End.