『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。
登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。
この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。
── blessing
少し肌寒い早朝。塒である屋根裏部屋の窓を開け部屋に滑り込んだ影は、近くにあったソファに手をつき深い息をはいた。東の空の端が徐々に黄色に滲むが、太陽が地平線から頭を覗かせていない今、まだ部屋の中は薄暗い。
窓から帰宅した部屋の主…アル・シャインは闇に慣れた目で明かりもつけぬままバスルームへ気だるそうに足を進めた。ヘッドギアを外し、纏っている衣類を脱ぎバスケットに放り込むと鏡の前に立つ。
「…やはり、炎症をおこしている…か」
右脇腹と右太股にガーゼと包帯が巻かれており、その周囲が赤くなって熱を持っていた。
「暫くは籠るか…」
洗面台に水を貯めタオルを浸し、水を絞って体をふく。痛みを抱えたまま無理をしていた為かいていた嫌な汗を拭き取る。患部の炎症で熱を持った体に冷たいタオルは気持ちが良い。最後に髪のみ洗面台で洗い、髪をタオルでがしがしとふく。棚に畳まず積まれた衣類を掴み身にまとうと部屋へ戻った。
地平線から頭を出した太陽に窓から見える空はみるみる明るくなっていく。薄暗かった部屋は明かりを灯さずとも手元もよく見えるようになっていた。
鈍い動きでキッチンへ歩みを進めるとコンロで湯を沸かし、棚から茶葉を取り出しながらこれからの予定に思考を巡らす。
「(…食事をとったら、薬をもらいに行くか…)」
怪我の具合を見たら一言二言では済まないだろう老医者の叱責を想像して、アルが渋い顔になる。
ポットに茶葉を入れると湯に色が染み出ると同時に香ばしい香りが広がりだす。ごそごそと足元の棚を開け、豆の缶詰と人参、じゃが芋、玉ねぎ、片手鍋を取り出す。
カップに茶を注ぎ、一口飲む。じゃが芋と人参をシンクで洗い、ナイフを取り出して人参、じゃが芋、玉ねぎそれぞれ皮をむくと一口大に刻んでいく。片手鍋に豆の缶詰と刻んだ野菜と水を入れる。ポットをコンロからどけると、そこに片手鍋を乗せ火にかける。ことこと鳴る片手鍋を背に、カップに注いだ茶をもう一口飲みながら部屋の窓を眺め、一息ついた。
相方のレーヴとは、別の街に用事があると別れてからここ数日会っていない。別れた次の夜、仕事で致し方なく組んだ同業者の裏切りに遭い、アルが命を狙われる状況に追い込まれていた。
依頼人も組んだ同業者も殺すはずの目標さえ共謀しており、嫌な気配に気づいた時には脚を撃たれていた。レーヴを巻き込まずに済んだことだけが救いだった。
脚を撃って動きを鈍らせれば楽に殺せると気を抜いていたのだろう、負傷していると思わせない動きでアルに反撃された相手方の動揺が命取りだった。しかし負傷した状態ではその場で全員処理する事ができず半数程逃してしまった為、アルは身を隠しながら簡易に手当てをし、二日がかりで残り全員仕留めて戻ったのが今朝だった。
煮立った片手鍋に塩と胡椒を入れ味を調えると、大きめのマグカップに少しよそいスプーンを差し込む。茶の入ったカップとスープの入ったマグカップを両手にソファへ歩み寄る、近くの小さなテーブルにそれぞれカップを置き、ソファに深く座り込んだ。しばらくくつろいでからスープをゆっくりと食べきると、茶をのみきり、出かける身支度のためにバスルームへ向かった。
昼間に街へ出かける際、ごく稀にアルは仕事着以外で出かけることがある。怪我などを理由に仕事を一定期間休む場合だ。但しその時は、目立つ顔の傷をドーランで隠しているためか、いつもの服装でないアルに気づくのは一部の人間だけだ。
コットンの長袖シャツに、緩めのズボン、ブーツで街の中を歩く。街の大通りから脇道へ入り、そこから狭い道へ狭い道へ巡って、小さく汚れた『開業中』の札のかかった扉を開く。
「おい。いるか?」
「やっときおったか、馬鹿者が!」
声をかけた瞬間に、奥からどたどたと大きな足音と大きな声で老医者が飛び出てきた。アルの胸ぐらをぐいと掴むと、有無を言わせず建物の二階へ引きずっていく。
「…どこから聞いた?」
「はん! そんなもんお前が殺した輩の一人が生きてる間に あのアル・シャインに大怪我をさせた と自慢して回っておったから嫌でも耳に入るわ。ほれ、座って、見せてみろ」
窓際のベッドに促され、アルは大人しく腰を下ろし、シャツをまくり、ズボンを下げ、包帯を見せる。
「腫れてるな。痛むか?」
「でなきゃ来やしない」
「そうだろうな。包帯とるぞ……、脇腹は掠り傷。太股は……貫通か。うまく抜けたな」
ベッド脇の戸棚からガチャガチャと器具や薬品ガーゼなどを取り出すと、アルに向き直る。
「どうせ今日は休業だろう? 太股は麻酔打って処置するぞ」
「この傷じゃまともに仕事できやしない。好きにしてくれ」
「そうだな! たまには休め」
老医者は豪快に笑うと、注射器を手に怪我の治療を始めた。
作業は小一時間程で終わり、老医者は化膿止めや痛みどめの薬など紙袋につめアルに渡すと、アルから受け取ったずっしりとした布袋を手に処置で切れた薬を買い出しに行くと出ていった。
「麻酔はけちったからな、もう少しで切れるだろう。すぐ帰ってもいいが、転びたくなかったら少し休んで帰るといい」
出かける前に老医者からかけられた言葉を思い返しながら、アルはベッドへ寝転んだ。簡易のベッドが軋み、勢いよく倒れ込んだためか、近くのカーテンがゆれる。
ベッドの側にある窓は隣の建物の邪魔がなく、薄いカーテンをとおして陽の光が部屋に降り注いでいた。シーツに吸い込まれるように力を抜きベッドへ身を任せると、じんわりと身体が温まってくる。
この時が、アルにとって至福の時だ。
老医者にはそれだけを楽しみに生きていると言えば、若いくせに死にかけみたいなこといいおってと苦笑いされるのだか、アルがそう感じ、それに重きをおいていることは分かっているから、それ以上は老医者もなにも言わない。
ふと、昔は、この名を名乗る前はどうだったかとひっかかるものがあった。
「(あの頃は、昼も夜もなかったが)」
陽の差すベッドで眠るようになったのは、それを好ましいと感じ、それを生きる理由にしたのはいつからだったか。
「(ああ、あの頃からか)」
あれは先代の老い狂ったアル・シャインを殺し、逃げ出し、街娼に助けられ、老医者の世話になっている最中だ。
悪夢をみるようになったのだ。
内容は日によって異なるが、殺した先代にされた拷問や言葉が洪水のように絶えず激しく襲ってくるものもあれば、名を継ぐ前に戯れに殺し弄んだ輩が襲いかかってくるものもあった。
鎮痛剤や睡眠薬で眠れる夜もあったが、うまく眠れない夜が続き精神が削られ傷の回復も芳しくない日々のなか、窓から陽の差すベッドで昼間に眠ると悪夢を、夢をみないことに気づいたのだ。
随分時が流れた今、夜間に寝てもあの頃のような夢は見ないが、覚えていないだけで悪夢を見ただろう感覚が身体に残っている。眠った気にならない為今でも夜間に寝ることは避けているのだった。
「(今も絡み付かれているのか…)」
陽が天頂に向かう頃、アルは老医者の所を後にした。
昼食時に賑わう街の中を歩く。痛む脚に休憩のため立ち寄った公園では、近くのカフェから出張でサンドイッチの屋台がでていた。朝僅かしかものを口にしていなかったこともあり、空腹から自然とアルの足は屋台へ向かう。
「金額は一緒でかまわないから、これから肉を抜いた物を2つ」
「おや? お兄さんうちは野菜もこだわってるが肉もこだわったいいもの使ってるんだ。もったいないよ?」
「すまない。菜食主義でな。もらって肉だけ残すのもなんだろう?」
「なんだ、それを早くいってくれよ! 押し付けて悪かったね。ちょっと、まっててくれよ。野菜多めにしておくからな!」
そう言うと、店員は慣れた手つきでパンを2つに切るとそれに野菜をたんまり挟み、ソースをつけ紙で包むとそれを2つ作り紙袋に入れてアルに差し出す。
「あいよ!」
「ありがとう」
代金と引き換えにそれを受け取り、どこか休めるところは…と公園を見回す。
街のほぼ中心に設けられた公園は比較的大きく、敷地中央に噴水がありその回りには芝生が、噴水を廻るように遊歩道が設けられており公園内の所々へ枝分かれしている。街との境界線には木々が植えられており、手入れの行き届いた低木高木の木陰で寛ぐ待ち人もいた。
噴水から離れた人も少ない場所に日当たりの良い木の根元を見つけ、アルはそこに腰を下ろした。地面は陽で暖められており、柔らかさすら感じる。先程の紙袋を開け中から包みをひとつ取り出すと、包みを開きサンドイッチを頬張る。
柔らかいパンは穀物の香ばしい香りが鼻をくすぐり、葉野菜を噛みきるしゃくしゃくという音が耳に心地よい。ソースはビネガーが効いていて口残りもさっぱりしている。ひとつあっという間に食べきると、ふたつ目は少しゆっくりではあるが、それでもみる間に食べきってしまった。
空腹が満たされれば、次に襲ってくるのは眠気だ。
アルは周りを見回すと木にもたれ掛かる。背中に感じるごつごつとした木の凹凸にもぞもぞと動いて落ち着く位置を見つけるとアルは瞼を下ろした。疲れもあったのだろう、すうっと力が抜けるように眠りに入ったと思うと、ふわっと意識が浮上した。
陽が傾き上半身に木陰がかかっており、眠りに落ちてから一瞬の事のように感じたが、それなりに時間が経っていたことがわかる。
もう少し眠ろうかと姿勢を動かしたとき、ふと脇腹と太股に温かさを感じ見下ろすと、布の塊がアルに寄りかかっていた。
怪我をしている方とは逆の位置にいるその塊から、三つ編みの髪の房と見覚えのある髪飾りが覗いているのに気付き、アルの見開いていた目と強張っていた顔がくしゃと緩む。
相方が街に帰ってきたようだ。
「(やはり、体温が高いな、……日向の様だ)」
おそらく頭だろう膨らみを軽くぽんぽんと撫でる。日差しに融かされる様に、この温かさが自分の中のなにかを解かしているのだろうかとらしくない考えが頭をよぎる。
「おはよ…アル…どうかした?」
「あ、ああ。すまん」
考え事をしながらぽんぽんと手を動かし続けていたためか反応が遅れ、不思議がったレーヴが顔をあげた。フードの下から片目がちらと覗く。その目の下の隈は別れる前より濃くなっている。
「それにしても、よく見つけたな」
「いない、から、買い物してた。おばさんがここに向かったって」
「そうか」
恐らくいつもの果物屋の店主だろう。
「もう少しここに居るが帰るか?」
「んー…いる」
「わかった」
アルがならばと木にもたれ直すと、レーヴがすんすんと匂いをかいで、顔をしかめた。
「血と変なにおい、する、ね。怪我、した?」
「ああ。しくじってな。暫くは仕事を休む」
「ん」
「今夜はどうするんだ?」
「アルのところににもつ、置いてる。まだ部屋きめてない」
「そうか」
「うん」
ちいさく欠伸をして、レーヴがアルの太股に頭を下ろした。
「陽が落ちる頃に帰るぞ」
「ん…」
眠気に逆らえなくなったのだろう。太股にかかる重みが増したことにアルの顔が緩んだ。じわりじわりと触れている場所から沁みてくる体温が自身の高いとは言えない体温をあげていく。
「(……あの暗く冷たい空間に、闇夜に取りつかれていたのだろうな)」
下からきこえるすぅすぅという寝息に眠気を誘われ、アルも欠伸をもらす。
「(あたたかさが救いなのだろう…)」
瞼を下ろし、感じるあたたかさに眠気に身を任せる。
「(私が救いなど………まあ、それもいいのかもしれないな」
いつ失うとも知れぬ命に、ひとときの安らぎをもとめても構わないだろうと小さく笑い、身を任せるままに眠りに落ちていった。
End.