『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。

登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。

この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。


── memory

「やはり欠けたか…」
塒にしている屋根裏部屋のテーブルで、上に置いたランプに愛用の得物をかざしながらアルが小さく唸る。

聖夜の前に片付けて欲しいと殺しの仕事を一件請け負ったのだが、その際同業者──しかも複数──が手柄を横取りしようと襲いかかってきてその場は大混乱。
目標は難なく仕留めたものの、同業者たちは相手がアル・シャインだとわかると今度は名をあげるとばかりにアルに襲いかかってくる始末。逸った同業者たちが経験の浅い若者たちだった事もあって、近くで睡魔に負けていた相方が眠りの邪魔をされた腹いせとばかりに一気に大半を戦闘不能にしてしまったために混乱の収束は早かった。
彼らは普段昼の警護などを主にしている様で鈍器や大型の刃物を扱っており、それを受け流した際にアルの愛用の爪が欠けたのだ。
塒に帰りついて早々に得物の確認を行っていたのだが、予想していた以上に損傷しており、眉間のしわも深くなる。
多少の切れ味の鈍りや小さな刃こぼれは自分で研いで直しているのだが、今回は欠けた箇所も損傷を負った爪も複数あることから自分で直すのは無理そうだ。
「…ぃじょぶ?」
ベッドの上のもこもこシーツのちいさな隙間から、寝起きのレーヴの声が聞こえる。得物を苦い顔をして眺めているところを見られていたようだ。
「良くはない…な。陽が昇ったら鍛冶屋へ行ってくる」
「ん」
「部屋に居るか?」
「んー……、起きたらかんがえう……」
そう言ってシーツに空いていた隙間がうまり、もこもこの塊の中でレーヴは眠りに落ちた様だった。その姿をみて小さく笑うと、アルは明るくなってきた窓の外を確認しながら、着替える為に席をたった。

聖夜が迫る街中は毎年賑わいをみせ、どこを見ても表通りは赤と緑の飾りつけであふれている。子供たちはそわそわし、大人たちはお互いにねぎらう言葉を交わす。その中をドーランで顔の傷を隠し、フード付きの上着を羽織ってフードで頭を覆ったアルが、肩から鞄を下げ、ゆっくりと表通りを進んでいく。
しばらく歩いて辿り着いたのは街のある一角。職人通りと呼ばれる通りだった。ペンから武器まで、鍋の蓋から鎧まで、さまざまなものを作り出す職人が多く工房を構える通りだ。細いわき道へ入り、途中人目がない事を確認して塀へ上り、塀の上をしばらく歩いてから一軒の工房の裏庭へ降り立つ。
「珍しいこともあるもんだ」
着地したアルが顔を上げると同時に、声がかけられた。
視線をやると体格の良い壮年の、いかにも職人という武骨な風貌の男が椅子から立ち上がるところだった。
「久しぶりだな、タラゼド!」
男がその名前を口にした瞬間、アルの顔が固まる。
「───その口今すぐにでも塞ぐぞ」
「おお、おお、こえーこえー」
アルが低い声を出し、フードの下から睨みつけても男が臆する様子はない。むしろ笑ったままアルにどすどすと歩み寄ってくる。
「あのな、何度でも言うが、今どんな奴になってるのか知らねぇが、俺の中じゃお前は血と暴力に酔った糞餓鬼タラゼドのままなんだよ。いい加減諦めろ。それに――」
目と鼻の先に顔を近づけて、男が声を潜める。
「……お前が俺の工房へ来る理由を理解できない馬鹿ばかりじゃない。この辺りも昔ほど秘密が守れん。行動にも言動にも気を付けろ」
男の顔をフードの下から見上げ、アルは小さく息を吐く。
「………変わらないな」
「お前は変わったよな。昔は悪魔だったが、今は死人みたいだぞ」
「…受け入れただけだ」
「ものは言いようだな、で、珍しい訪問の理由は?」
「痛めてしまった。修理と予備を頼みたい」
鞄から、包みを取り出して男へ手渡す。男は近くにあった作業台の上に受け取った包みを広げ、中の爪を転がっていたルーペで一つ一つ見ていく。
「こんなにしやがって…」
「だから、来たくもないお前に会いに来たんだ」
「言うなぁ、安くないぞ?」
「作って貰ったときの三倍は用意してきた」
「いい心がけだ」
「どれ位かかる?」
「新しくを作る方が早いかもしれんな…。一組だけならひと月で渡せるだろう。二組同時ならふた月半はかかる」
「ひと月経ったら一組受け取りにくる。残りはまたその後に」
「わかった」
アルが男に重そうな袋を手渡し、表の入り口から出て行こうとすると、男が呼び止めた。
「ひと月も仕事をしないわけにはいかんだろう。預かっていたこれを使ったらどうだ?」
男が手に持っていたのは布が巻かれた横長の箱だった。それを見たアルの眉間に皺がよる。
「そういえばお前に預けていたな…」
「身軽なお前の事だ、仕事用の刃物は多く持っていないだろう。これなら使い慣れているだろうし」
愛用の得物が手元に戻ってくるまでは休業するつもりでいたものの、聖夜の仕事が一件ある事を思い出す。何もない、はずの仕事ではあるが、丸腰で夜に仕事へ出るのも良くはない。しばらく悩んだのち、男の手からその荷物を受け取り、鞄へ納めて工房を後にした。

塒への帰り道、街一番の銘酒店の裏口に立つ。
「トナカイの使いだ」
コンコンとノックをし、言い慣れてきた合言葉をかけると、程なくぎぃとドアが開いた。開いた人物が目の前に見えず、見下ろせばアルの腰ほどの身長の子供がアルを見上げていた。
「おとうさん、おきゃくさんとはなしてて…まてる?」
「ああ。ただ急いでいる。トナカイが荷物を受取りに来たと伝えてもらえるか?」
「うん、まっててトナカイさん」
裏口を入ってすぐの倉庫から、表の店にかけていく子供を見送り小さく息を吐く。ばたばたと子供と駆け戻ってきた店主と思われる男から、大きく膨らんだ荷物を受け取ると、アルはそのまままっすぐ塒へ戻った。

「…出かけなかったのか」
塒へもどると、ベッドからうつ伏せで上半身ずり落ちたまま深い眠りについている相方がおり、受け取ってきた荷物を部屋の隅に下ろしながら、アルが小さく笑う。
「うるさい、だから、いた」
レーヴの声に驚いて再度彼を確認するが姿勢はそのままである。聖夜へ向けて賑わっている街は常にざわついていて苦手らしい。
「レーヴ、聖夜の仕事を終えたら、ひと月仕事を休む。その間は好きにしてていいぞ」
苦笑しながらレーヴの寝間着を掴んで軽い身体をベッドの上に移動させる。
「んー…わかた…よ…」
シーツに潜りこみながらまた眠りに落ちて行った相方を見守ってから、アルはテーブルに鞄を置くとソファに腰を下ろした。
鞄から受け取った包みを取り出し、布を取り払うと飾り気のない収納箱が現れた。。その箱の中に入っていたのは、鞘に納まったナイフ二本。刃渡りは二〇センチ程。昔愛用し、そして随分前に握ることができなくなったものだ。握るとあの頃の事や悪夢を思い出して身動きが取れなくなり途方に暮れた頃、新しい得物を依頼する際に鍛冶屋へ預けたものだった。ためらう事数分、一本に手を伸ばす。
「ただのナイフなのだがな」
数度柄を握り直す。握りなおすほど手のひらに吸い付いてくるようで、頭を振るとナイフを手放した。聖夜前日の仕事が何事もないといいが…と思いを巡らせた後、念のためにと鞘を外し、両方とも刃こぼれがないかを確認すると、早々に箱へしまい込んだ。

聖夜前日の夜、冬着の黒い装備に身を包み、先日受け取った大きな袋を背負ってアルが塒を出る。ナイフは両足のサイドに隠してある。街には数日前から雪が微かに舞っており、屋根は白く覆われていた。
「ついてく」
そう呟いて寝起きのレーヴもマントを被ってアルについて塒をでる。移動は屋根伝いを主にしているが、大きな荷物がある行きは路地裏を縫うように孤児院へ向かう。
その集団が姿を見せたのは孤児院まで数ブロックの広場だった。
「………」
広場へアルとレーヴが足を踏み入れると、広場へ繋がる複数の小道からひとり、またひとりと姿を現す。数は確認できる範囲で十人。
「よお、アス。この前はよくもやってくれたな」
この集団をまとめていると思しき若者の言葉からすると、先日レーヴに戦闘不能にさせられた輩の生き残りかその仲間の様だ。
「遊んでいる暇はない、どけ」
アルが切り捨てるように言うが、若者は意に介した様子もない。
「いやだね。あんた今愛用の得物が手元に無いらしいじゃねぇか。こんな機会はそうないからな。あんたはここで死ぬ。名前も地に落ちる。俺たちは裏の仕事で引っ張りだこってな」
鍛冶屋に預けた得物の件は、やはり裏の界隈で広がっていたようだった。アルが小さく舌打ちすると、近くでふらふら揺れていたレーヴが少しアルの方へ近づいてきた。
「アル…、ゆめ…みれる…?」
暗に殺していいかと問うてくる相方と、両足に隠してあるナイフを見比べる。
「……レーヴ、すまんが荷物を頼めるか? シスターへ渡してくれ」
「これ、だいじ大事?」
「今は一番だ」
担いでいた袋をレーヴに渡すと、アルが改めて周囲を見回す。若者たちはアルを包囲してじりじりと飛び掛かるタイミングを見計らっているようだった。周りの建物から矢や銃の使用も考えられるが、彼らの態度からして持っていないのかもしれない。
「わかた…できる。……アルはだぃじょぅぶ?」
「問題ない」
その言葉と同時にアルが姿勢をかがめて走り出し、リーダー格の若者の横をすり抜ける。
「ぎゃっ」
悲鳴が聞こえ、リーダー格の若者が振り返り、ほかの若者達も注目するそこには、血のにじむ太ももを押さえ倒れ込む者と両手にナイフを握りながらそれを見下すアルがいた。
「(行ったか…)」
注目を集めるアルが広場を見渡すとレーヴの姿はなかった。
追っている者がいるかもしれないがそれも一人か二人、彼ならなんとかできるだろう。生唾を飲み込むそぶりを見せるリーダー格の男にアルが向き直る。
「まさか貴様ら、私が丸腰とでも思っていたのか?」
「んな訳ねぇだろ、なめんな!」
激高した声を合図に、広場に集まっていた若者たちがアルに一斉に襲い掛かった。

この感じだ
肉を貫く抵抗と、かかる血の温かさと冷えきる早さ
付いた血が渇いてねばつく皮膚
かかった血で手元が滑る
倒れた相手の衣類で刃も柄もグローブをはめた掌も拭いて
口の中に吹き出る血が飛び込んでくる
ぬぐおうと口に手を当てると、笑っていた
この身体の底からざわめき立つ感覚は久しぶりだ
とても熱いのに、冷えている
冷え切っているのに、奮えるほど熱い
この感覚はなんだ 溺れてしまいそうだ
もっともっともっと
この感触を、感覚を、もっと!

「たすけてくれ! わるかった! わるかったよ! あんたを舐めてた! だからたすけて」
懇願の声にはっと正気を取り戻したアルは、若者…おそらくリーダー格の男だろうか…を地面に押し付け、首筋にナイフをあてがっている所だった。状況が呑み込めず広場を見渡せば、あまりに汚い仕業に唖然とする。広場中に若者だったもの達が転がり、血溜まりが大きく広がっていた。
「生き残りはお前だけか?」
「わかんねぇよ…逃げた奴もいたかもしれねぇ…。あんた、ほんとに、あのアスなのか?」
「…違うかもしれんな。──タラゼドの仕業とでも言わなければ信じてもらえないだろうな」
そういってアルは若者の上からどき、教会へ向かうべく塀を飛び上がり、屋根伝いに走りだした。
広場には助かった安堵で気を失った若者と、死体だけが残された。

急いで教会に向かえば、毎年この仕事の夜は夜通し祈っていると聞いていたシスターもいない。アルが入ってきた天上窓とは別の窓が開け放ったままなのを見るに、レーヴも来ていたと思われる。
教会の牧師や他のシスターは休んでおり、状況を聞くこともできず、焦るアルはそのまま孤児院へ向かうことにした。

孤児院へ近づくと屋上に人影が見え、駆けていた周りの建物の屋根から孤児院の敷地内へ飛び降りた。
息を切らして屋上へ駆けあがると、そこには雪を払った煙突に腰かけてレーヴが足をぷらぷらさせていた。微かに鼻歌も聞こえる。鼻歌のリズムに乗せて頭を左右にかすかに揺らしながら、手遊びで空になったプレゼントが入っていた袋を弄っている。
あまりに普通に何事もなく居るものだから拍子抜けしたアルが、ぎしぎしという音が出そうなぎこちない動きで近づくと、レーヴもアルを認め目を細める。
「………誰か分からなかったけど、アルだ」
レーヴの言葉が一瞬分からず、首をかしげる
「真っ赤っか。悪い夢?」
アルを指さして首をかしげるレーヴに、はっとし自分の身体を見る。あの広場の惨状を思えば自分もかなりの返り血を浴びているだろうことはわかる筈だろうに血を拭う事も忘れていた為、灰色の髪も赤黒くなっており、顔も血まみれ、衣服はぐっしょりと血を吸いこんでしまっている有様だった。屋上を歩いてきた足跡を見返せば、屋上に積もった雪にうすら赤い足跡が残っている。
全身血まみれを自覚した途端に濃くまとわりつく臭気と生乾きの血の感触の気持ち悪さに襲われ渋い顔をしていると、レーヴが両足に隠しているナイフを指さす。
「それのせい?」
「かも、しれないな」
このナイフは昔アルが二度と使いたくないと鍛冶屋へ預けたものだ。まさか得物で昔の感覚を…仕事の仕方を思い出してしまうとは予想外だったが、あの何かに呑まれる感覚はあの頃見た悪夢の様にアルには感じられた。
「終わったし、帰ろう?」
「ああ」
立ち上がって空になった袋をぱたぱたするレーヴに促され、塒への帰路につく。
「……一人でやったのか?」
「うぅん。しすたぁ? といっしょ」
「なん…だと?」
「だれも来なかったから、いっぱいいっぱいにしたんだ」
大きな山を作るようにレーヴの手が動く。とても彼が楽しかったということだけはよくわかった。
実際のプレゼントがどう配られたのか状況が全くわからないが、今の自分の状況では孤児院の中に入る訳にもいかず、帰って血を洗い流して、明るくなってから確認しに行くしかないとアルは深い息を吐きながら自分に言い聞かせた。

翌日、孤児院からは喜びの悲鳴と、路地裏の広場からは恐怖の悲鳴が街に響き渡った。

── 後日談 シスターと暗殺者の会話

「今年は迷惑をかけた様だな」
「大変だったのよ! 急に刃物突き付けられて孤児院へ連れてけって言われるし、連れて行ったら窓から入れないから玄関開けてって言われるし、最後は集会するホールの大きなツリーの前にみんなのプレゼントを積み上げだすんだから! この前のこともあるし殺されるかと思ったのよ! …はぁ…疲れた…」
「使われただけで良かったな。配れなかったのはすまなかったが…」
「子供たちには好評だったみたいよ。朝、自分たちで飾りつけたツリーの前に、自分たちのためのプレゼントの山があるんだから」
「それならいいがな」
「そういえばアス。…タラゼドは生きてた! …って街は噂でもちきりよ。ふれ回ってるのは昨夜街で起きた惨殺事件の生き残りの男らしいんだけど…貴方なにかしたの? それとも悪趣味な奴でも現れたの?」
「鍛冶屋に文句を言え。当分血は見たくない」
「……貴方、自分の職業分かってる? …まあいいか。念のため聞いておくけど、あなたがタラゼドだってバレたんじゃないでしょうね?」
「さあどうだか…。もうその名前は聞きたくないんだが、当分は仕事でも聞くことになるんだろうな…」
「自分で蒔いた種みたいだから、せいぜい大人しくしてなさい」
「ああ。……そうだシスター」
「なに? 噂のもみ消しは専門外よ」
「レーヴを手伝ってくれて助かった」
「断れなかったのよ。きにしないで」


End.

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