『ブラッディサニー組』とは。
Twitterの診断メーカーの診断結果をもとに始まった、
はちすさん(@hati_su8)との共同創作です。

登場人物であるアル・シャインに関してはこちら
相方として登場するレーヴ・ウェイクマンさんは、はちすさん(@hati_su8)の創作されたキャラクターです。

この小話は2021年9月に発行したまとめ本「BLOODY SUNNY From 2015 to 2021」のweb掲載版となります。
掲載順も本と同様となります。


── apparition

今年も聖夜が近づくと街が赤と緑で彩られ、誰しも浮足立って賑やかにざわつく。一昨年のシスターとのやり取りがあってからアル・シャインは深刻な仕事が重ならない限り孤児院へのプレゼント配りを引き受けることにしていた。シスターから隠れる必要がなく塒に何日も籠る必要もなくなり、変に気を張らなくて良くなった分 仕事量の調整をしながらのんびりと過ごしていた。
今までと状況が変わったことで、アルの年の瀬の生活にも変化が見られた。夜の仕事を減らして昼間に出歩くことが増えていた。といっても街の市場が開く時間に私服で街へ繰り出し、買出しをしたり職人通りへ顔をだして太陽が天頂へ達する頃には戻ってくる程度だ。

今日は今年のプレゼント管理当番であるパン屋から『昼食の時間の後に孤児院で配るプレゼントを受け取りに来てほしい』と依頼があり、いつもであれば眠っている日当たりの良い時間に出歩いている。
丁度昼食の時間のため、どの店も食事に立ち寄る人々で混雑していた。出かける前は簡単な野菜スープで済ませていた為、通りに漂う料理の香りに食欲をそそられる。
レストランの窓越しに楽し気に食事をとる人々を眺めながら腹ごしらえするかどうしたものかと考えを巡らせてから、アルは何か思いついて向かう先を公園へ変更した。

アルが昼食に思いついたのは、いつか食べた公園の出張サンドイッチ店の事だった。期待通り公園に目当てのサンドイッチ店を見つけた。時間が時間なので数人順番待ちしている最後尾に並ぶ。店主の手際が良いからかすぐに順番は回ってきた。
「金額は一緒でかまわないから、これから肉を抜いた物を2つ」
「おや? お兄さんうちは野菜もこだわってるが肉もこだわったいいもの使ってるんだ。もったいないよ?」
「すまない菜食主義でな。もらって肉だけ残すのもなんだろう?」
「そりゃそうだ! 気を使ってくれてありがとうな。かけるソースを選べるんだがどうする?」
「これと、これで」
「あいよ!」
以前と同じ様なやり取りを店主と行い、肉抜きのサンドイッチを二つ注文する。今回はビネガーのソースと野菜のソースだ。
出来上がるのを待っていると、慣れた手つきでサンドイッチを包んだ店主が視線を下にやって誰かに包みを手渡している。待っていると屋台の横から少年が包みを持ってアルに近寄ってきた。店主と同じデザインのエプロンを身に着けている事から手伝いなのだろう。くるくるとやわらかそうな巻き毛に既視感を覚える。
「ありがとうございました! またお願いします──あれ?」
「ありがとう」
包みを受け取りながら少年の顔をしっかりと見てアルは「やはり」と納得しながら、それでも顔には出さずにやんわりと口元を緩ませて礼を言う。アルの顔を見て、おそらく同じタイミングで気づき固まった少年が次の言葉を紡ぐ前に店を立ち去った。

少年は諸々あって何度か顔を合わせることになった孤児院の子供だった。一昨年孤児院に夜中プレゼントを配った際に廊下で顔を合わせて以来だ。背丈もあの頃より大きくなって顔だちも凛としていた。
あの店の主人に引き取られたのか、はたまた手伝いだけか、こんなところでも会うものかと廻り合わせに小さなため息をついて、手元の包みに視線を落とす。パン屋から荷物を受け取ってから塒に帰って食べても良いが、今日は雲一つない快晴で、日向は気持ちのよい暖かさになっている。
「たまにはいいか」
あまり人の多い場所は好まないが、荷物を受け取りに行く前に公園のベンチで食べてしまうことにした。
日当たりの良いベンチを選んで座り、サンドイッチの包みを開く。サンドイッチの包みを開ける音に混ざって近づいてくる足音がする。アルはその足音の主に気づいてはいるが、そのまま食事をはじめた。
「……ギョロ目の、サンタさん…ですか?」
おずおずとアルの前に歩み出てきた子供は先ほどのサンドイッチ店にいた少年だった。
「店はいいのか?」
「お昼ごはんの時間だから大丈夫。となり座ってもいいですか?」
アルが少し横にずれてベンチの空きスペースを広げるとそこに少年が座る。抱えてきていたまかないだろう売り物より小さめに作られている包みを膝の上にのせた。
「先生に街で私を見つけても話しかけてはいけないと言われなかったか?」
「うん。先生にはさがさなきゃ会うこともないだろうっていわれた」
「そうだな」
そもそもアルが昼間出歩くなどほとんど無い事なのだ。しばしの沈黙がおちると、アルも子供も手に持っているサンドイッチを食べ始めた。
「今のお父さんお母さんは大丈夫だから」
「そうか」
先に食べ終わった様子の少年が小さく呟き、それに二つ目のサンドイッチを開けながらアルが答える。
「また、サンドイッチ買いに来る?」
「先生やシスターに聞いたろう?私は明るい街は苦手なのだ」
「うん…今年もプレゼント配るの?」
「さあな」
「ぼくもあなたの配るプレゼント受け取りたかったなぁ…。今のお父さんとお母さんに怒られちゃうかな…」
サンドイッチを頬張りながらアルは眉間に少し皺を寄せた。
「私は配るだけだ。あれは街の人々からお前たちへの贈り物だ。勘違いをしてはいけない。私の仕事を、お前があの時あの屋根裏部屋で見た私の本来の仕事を、忘れてはいけない」
少年が羨ましそうにアルを見上げてくるので、食べかけのサンドイッチをおろし、相手をまっすぐに見つめて言う。
「あの時は理解できていない様だったが覚えているだろう? 忘れてはいけない。私はあれを生業にしているのだと」
アルが少年の胸を人差し指でとんとんと優しくたたきながら言い聞かせる。
「──う、うん。でも…、でも、シスターのお願いを聞いてくれて、ぼくを助けてくれたことも忘れないよ」
アルをまっすぐ見返す少年の瞳に、根負けしてアルが残りのサンドイッチを一気に食べる。
「行く」
ベンチから立ち上がると、少年の前に膝をついて視線を合わせた。
「今後会うことは無いと思うが、次は話しかけてはだめだ。お互いの身を守るためだ。いいな」
「わかった」
「本当にどうしようもなくなったときは、シスターか先生に相談しに行くといい」
「うん」
少年の頭をひとなですると、踵をかえして公園をあとにした。
「…もしそんな事になったら、私がまた駆り出させるのだろうがな」
そうならないことを祈りながら、アルは目的のパン屋がある通りへと歩みを進めた。

パン屋から今年配る分のプレゼントを受けとった帰り道、アルの足は塒ではなく教会へ向かっていた。教会の前にさしかかると、目的のシスターが丁度出てきたところだった。普段着に加え顔の傷をドーランで隠していてもシスターはすぐにアルと気付いて歩み寄ってくる。
「今年の分受け取った帰りなのね。何か用でも?」
「会ったぞ」
アルの唐突な言葉にシスターは一瞬固まったが、すぐにあの子供に思い当たったのか驚いた表情になった。
「──会ったの? 偶然もあるものね。良い人に引き取って貰えてよかったでしょ?」
「そうだな。お前も食べに行ってやれ」
「そうする。そのプレゼント、今年は無事に配ってよね。去年みたいなことは無いように!」
「気を付ける。……まだあの張り紙は無くならないのだな」
アルが視線を向けたのは、教会の近くにある街の掲示板の一つだった。尋ね人、探し物、仲間集め、仕事の募集など様々な事が貼り出される。
その中に『情報求む 見つけたら連絡を』という尋ね人の張り紙があった。一枚に何人かの名前と似顔絵が載っている形式の物だ。事件や事故、失踪など、様々な事情からどこかの新聞社が有料で依頼を受けて作成している。情報だけで賞金が出ると載っている者もいた。
その中に似顔絵はないが賞金が他の者に比べて一桁多い人物がいる。その人物の名前は『タラゼド』 昨年のあの件の後、年が明けた頃に名前が載ったが、それから今まで名前が消えることが無い。掲載は有料の為、誰かが約一年『タラゼド』を探し続けていることになる。
あの時ふと言ってしまった言葉を消すことはできないが、こんな事になるとはアルも思っていなかった。あの時生き残った若者は張り紙に名前が上がる前に街を出て行ったと聞いているため、彼がアルの情報を売るということはないと思われるのだが、忘れ去られていたと思っていた亡霊がまだ探されていることに複雑な心境だった。
「多額の賞金までかけられてるのよ? どれだけ恨まれてるのよ……。タラゼドを捕まえて名前を上げようって輩もいるらしい――」
「シスター」
アルがシスターの言葉を遮って、少し手招きする。
「何?」
シスターが周りを気にしながらアルに歩み寄ると、アルがシスターの耳元に顔を寄せ、声を潜めて話しだした。
「もしそのことで私とタラゼドの繋がりを、過去をかぎつけられるようなら、すぐに私を売れ」
「なんで? そんなことするわけないじゃない、私を舐めないでよ」
シスターができるだけ動揺を表情に出さないように話すが、その声が怒りで震えている。
「……自分が何につながっているのか自覚しろ。お前が誤魔化して隠しきれない場合、相手は何をすると思う? 情報を引き出す為にお前か、お前の大切なものに刃を突き付けるぞ。それはいつでも弱者だ」
「っ……そう、ね。子供たちや教会の人達を危険にさらすわけにはいかない…わね」
「あの子供もそうだ。今日会った時に釘をさしはした。私も近づかないように気を付けるが何があるか分からんからな。孤児院の教師かお前からもう一度説明してやってほしい」
「貴方は?」
「そもそも自分で蒔いた種だ。どうなるか分からんが、死んだらその時だろう」
「わたし、嫌よ、貴方がいなくなるの。アル・シャインっていう役がいなくなるのが困るんじゃない。本当よ……?」
「簡単には死なん。だが一年名前が廃れなかったのは注意しなければ。誰かわからんが亡霊に会いたがっているんだろうさ」
複雑そうなシスターを残して、アルは教会を後にした。

塒に帰る頃には日は傾き、影が伸び始めていた。ドアを開けると奥のベッドの上にシーツの塊が見える。
「レーヴ?」
まだ夜が明けないうちに散歩すると出て行く姿を見送っていたが、先に戻ってきていたようだった。ベッドに近づくとシーツがもぞもぞと動いてレーヴが顔を見せた。
「おかぇり…」
「ああ、戻った」
レーヴの顔を覗き込み、しばらく無言だったアルは何か決意したように一人で頷くと、レーヴの頭にかぶっているシーツをゆっくりとどけた。
「レーヴ、今起きられそうか?」
「うん?」
「話したいことがあってな」
「……いいよ、だいじだいじな話?」
「ああ。少し待っていてくれ」
暖炉に火を入れると屋根裏部屋が温まっていく。湯を沸かして茶を二人分用意し、テーブル脇のソファに座っているレーヴの前に一つ。向かいに椅子に腰かけてアルの分を置く。寝起きでまだ眠そうな相方と向かい合うと、ため息を吐く様にアルがゆっくりと話し始めた。
「以前…といっても何年か前になるが、この部屋にシスターが来た時、私の昔の名前の事を話していたことを覚えているか?」
なんとなく覚えているという風にすこし首をかしげるレーヴにアルが小さく笑って話を続ける。
「私の本当の名前はタラゼドという。アル・シャインは十年以上前に、ある狂人から引き継いだ名前だ」
「それ、街の張り紙にながいあいだのってうね」
「ああ。去年血だらけになった時に、あの酷い仕事をした私は亡霊に罪を擦り付けたのさ。その名前を名乗っていた頃は、あんな仕業しかしていなかったんだ。どれほどの血を浴びたか、命を戯れに刈り取ったか、全て思い出すことはできない。ただその亡霊を自分の失態で呼び起こしてしまった」
 アルはカップに手を伸ばし、自身を落ち着かせるように一口飲む。
「あの張り紙然り、どうやらこの街にはまだその亡霊を探している輩がいるらしくてな。私がタラゼドであると知られたわけではないが、亡霊は街に嫌われていたはずだ、どこから何があるかわからん。お前に言うべきなのか悩んだ……。危険な目に合う可能性のある人間を増やすことになる。だが私を襲うとしたら同業者だろうことを思えば、巻き込まれる可能性が一番高いのはレーヴお前だ。ならば危険であることを知ってもらっていた方がいいと判断した。……もしタラゼドの事で私が襲われるようなことがあったら、関わらず逃げろ。もし、タラゼドの事を聞かれる様なら、下手に誤魔化すより私を売れ」
「やだ」
アルの懇願に、眉間に皺を寄せて不満を表出し即答した相方にアルは思わず顔を伏せる。
「……すまない。どこまで影響がでるか、私も分からないんだ。あの頃の私は、本当に……」
「……しかたないなぁ。もしも、の時だけだよ。もしもの時だけ」
しばしの沈黙の後、不服そうに口をとがらせてから、にへらと微かに笑ったレーヴの表情を見て、アルの身体から力が抜けた。
「すまない」
許される、そんな感覚だった。

聖夜前日の夜、日付をまたぐ頃から雪が降りはじめている。夜が明ける頃には一面 白い世界になっているだろう。
アルは今年も滞りなく孤児院の子供たちにクリスマスプレゼントを配り終え、雪の降る中孤児院の屋上で顔を顰めて立ち尽くしていた。
「私が安寧を求める等…崩れることを畏れる等…」

身体が竦む
膝から崩れ落ちそうになる
必死に堪えてないと奥歯ががたがた鳴ってしまいそうだ
思わず両腕を抱く
小さなほころびが大きな破壊につながってしまう不安
大きな破壊になるまでに何が壊れ
どこまで壊れてしまうのかわからない恐怖
何もかも残らないのではないかという不安
自身だけ取り残されるのだろうという恐怖

それは名を引き継いですぐの頃も抱えていたものだった。
その頃悩まされていた悪夢に心身共に追い込まれていたことも相まって、今までしてきたことの報復に殺されるのではないかと怯えていた。顔に大きな傷ができたことや、病み上がりで身体も痩せて頬も大きくこけ、髪も肩あたりまでのびた姿は、タラゼドの頃とは見た目も印象もかなり変わっていた。その為ぼろぼろになった若者をあのタラゼドだと思い当たる者は殆どいなかったが、それでも不安は恐怖は常に背中にぴったりとついてまわった。
そして体力がある程度回復してからアル・シャインを名乗り、小さな仕事を請け負い出したその若者を、名前負けしていると笑う者はあっても彼があのタラゼドではないかと疑う者は少なかった。
何人かにタラゼドではないのかと問われたことがある。
そんな時は顔や腕などの傷をみせ、こんなヘマあいつはしないだろうと卑屈な態度をみせれば納得して帰っていった。使えなくなったとはいえ得物が大きく違うこと、何より小さな仕事から請け負いだしている駆け出しの若者扱いされている状況ではいくら目つきや身のこなしに既視感を覚えたとしても確信は持てなかったようだ。
アル・シャインとしての生活に慣れて落ち着きだしてもしばらくは昔の悪夢の影響が抜けきらず、いつ昔の恨みから襲われるやもしれぬ、街ぐるみで殺されるやもしれぬ、居場所をなくすかもしれぬと恐怖していたものだった。それでもただ淡々と仕事をし恨みを買う事は極力避け、日々 日差しの中で眠ることを糧に生活し続けた。
気付けばアル・シャインとして認知され、ある意味で畏れられ、街に居場所ができた。死ぬための寝床が。
だからこそ感じるようになった恐怖だった。

咄嗟に自分でまいてしまった種
根絶やしにする為全て刈り切るにも何もかも分からない状況
調べて藪蛇になることを避けたいと思えば
日々慎重に息をひそめていくしかないのだろう

帰ろう
おそらく相方が待っているだろう塒へ

End.

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